第14話 歌い手1(1)
文字数 1,108文字
サンジャオの心配をよそに、翌日ケイカはエウカリスと同じ教室にいても、まったく目を合わせなかった。
エウカリスの方も不気味に沈黙していたので、この二つの惑星にニアミスは起きなかった。
実をいうと、ケイカは上級生のことよりも、用務員の老人が呼ぶと意気込んでいた歌い手の存在の方に気を取られていた。
ただ曲を聞かせたら、それで終わりなのだろうか。老人はケイカから相談するようにと言っていたが、彼女自身悩みは漠然としていてつかみどころが見えない。
だから余計に、老人が何を考えてそんな約束をケイカにさせたのか、理解できなかった。
そんな気持ちでいるせいだろうか。いつもと同じ行動をしているはずなのに、ケイカには同じクラスの友達やすれ違う教師の目が気になって仕方がない。
「私はこれから悪い事をするつもりです」制服にそんな張り紙をして歩いているような気分がした。
遅い秒針が時を刻み、ようやく終業のベルが鳴った。
「一緒に帰ろ!」サンジャオが、文字通り机の上に腹から滑り込んできて、ケイカの視界を塞いだ。おかげで筆箱たちがサンジャオの制服の下に埋まって取り出せない。
「今日は駄目。明日もたぶん駄目」ケイカは目を合わせずに、にべもなく言う。
「えーまた練習ぅ?」
ケイカは言葉無しで、コクリとうなずく。サンジャオのお腹を強引に持ち上げ、潰された教科書たちを救い出しにかかる。
「やだ! つまんない!」少女はわざと手足を内側に曲げ、机にへばりつくようにして、ケイカを邪魔しようとした。
「しゃーない。時間ないし」ケイカは相手の弱点を知り尽くしていたので、サンジャオが最も苦手な脇腹の一点に、するどく突きを入れた。尻尾を踏まれた猫のように、少女の体が跳ね上がった。
「意地悪!」サンジャオは肋を押さえながら、ぶつくさと文句を言い、自分の席に退散していった。
まったく、せっかく目立たないようにしていたのに、いまじゃ先生にすら注目されてるじゃない! 午前中はあんなに心配そうな顔をしていたくせに……ケイカはサンジャオの記憶力の悪さと能天気ぶりを呪った。
背もたれにかけていたブレザーを着る仕草を利用して、ケイカはほんの一瞬だけエウカリスを見た。上級生は椅子に座っていた。腕を組んで目を閉じ、ピクリとも動かない。ケイカはその静けさに不気味さを感じた。けれどこれからの事を考えれば、変に絡みたくはないので、良い兆候だと考えた。
今のうちに出よう。席を立ったケイカは、必要以上の愛嬌は振りまかず、何人かと軽い挨拶を交わし、教室を後にした。
部屋を出て行ったケイカを含めて、エウカリスが一瞬だけ片目を開けた事に気づいた者は、クラスにひとりもいなかった。