第51話 お土産(2)
文字数 1,164文字
ケイカは自宅の靴箱から、新品のように黒光りする革靴を取り出すと、のろのろとそれを履いた。
今日が課題発表の日だと事前に知っていた母が、昨晩から磨き込んでくれたものだった。
玄関の扉を開けて外に出ると、曇り空から落ちてきた一滴の雨粒が、ケイカの鼻先に当たった。
ケイカは上半身だけ家の中に戻り、手を伸ばして傘立てから赤い傘を取った。
ボンと音を立てて布地を広げる。その音を聞いたあと、ケイカはあらためて思った。
「昨日からそうだけれど、やっぱり駄目だ。私、色が見えなくなってる」
学校まで歩くケイカの足取りは重かった。気持ちも原因だったが、昨晩からまたお腹がしくしくと痛むようになっていたせいもあった。
こうして体も心も最悪なコンディションで今日を迎えるんだ。家族に嘘をついたので、神様が罰を与えたのだとケイカは信じた。
学校の門が見えてくると、ケイカは傘越しに制服姿の知った顔を見かけるようになる。色楽の子もいて、みな一様に寝不足の顔で歩いていた。
誰も挨拶をしたり、昨日のネットニュースの話題を喋ったりしていなかった。背中から眺めていると、緊張しているのが透けて見えた。
その日の授業中、特に三時間目の終わりぐらいから、ケイカの体調が悪化していった。
机がゴツゴツの溶岩で出来ていたとしても、ケイカはそこに突っ伏して動けなくなった。この状態は相変わらず辛く、何も考えられなくなる。けれど何も考えなくて良いというメリットもある。
金色の動かない小山に、誰かが心配そうに話しかけてくれる訳でもなく、ケイカを取り残して周囲の時間は流れていった。そうして午前の授業は終わり、昼食の時間が過ぎて、午後になった。
今日の日程では、一般の生徒たちは残りひとつの授業を終えたら、下校する事になっていた。
ガタガタと椅子の音や足音が響いて、人の気配が充満する。それは一時的で、すぐに教室に静寂が訪れた。
あれだけ音が鳴っても教師が声をあげても気にならなかったのに、静かになってくると、ケイカの意識は覚醒してきた。
「……もういかなくちゃ」ケイカの体の中の時計が、その時を告げた。
手は膝に載せたまま、顔を持ち上げる。ケイカは真っ赤になった頬をさすり、予定を思い出していた。
色楽の生徒たちはそろそろ、今日の課題の発表会場である記念講堂に移動しているはずだ。
ケイカはお腹の痛みと闘いながら立ち上がった。まず彼女は音楽室に行く必要があった。
遅い足で廊下を歩き、手すりに捕まりながら階段を降りた。
全身の力を一点に集中して、音楽室の重い扉を開けた。誰もいない部屋を横切ると、楽譜棚の前に立った。
ケイカは鍵の付いていないガラスの前扉を開いた後、自分の名前が書かれている引き出しのフックに指をかけ、手前に引いた、いつもよりスムーズに引き出しが開いた。