第55話 発表会(2)

文字数 947文字



 発表会は淡々と行われた。

 名前を呼ばれた生徒は返事をし、席を立つ。舞台に上がり、自分の器と曲名、課題に対して表現したい意向や彩色のポイントを述べる。楽器を手に取る、あるいはその前に移動する。深呼吸をして演奏を始める。

 終わったら審査員らに一礼をして、楽師の評定の言葉を待つ。最後にもう一度、礼をして自分の席に戻っていく。それがひとりずつ繰り返された。

 この一ヶ月間、いくら死に物狂いで練習を重ねてきても、この場所での演奏がどれだけ素晴らしかったとしても、楽師の述べる審査の結果はたった一言、合格かそうで無いかだけ。楽師を含めて審査を行う席からは、称賛や慰めの言葉が送られることはなかった。

 少女たちは、ある者は心から安堵し、別の者は夢と言葉を失いながら、自分の席へと戻っていった。合格を言われたとしても、他の者と学年が被れば最後に審査が待っているのだが、今は誰もそれを考慮する余裕などなかった。

 そしてまた楽師によって次の生徒の名前が呼ばれる。

「高宮=エウカリス=佐江」

 エウカリスがすっと立ち上がって歩を進める。彼女が舞台に伸びる通路に出るまでには、座っているケイカのいる通路を通らなければならない。

 うつむいていたケイカの前を、エウカリスは悠然と通り過ぎていく。ケイカの右膝あたりで、エウカリスの歩く速度が一瞬だけ緩くなった。周りの生徒たちは誰も気づかない、極めて短い時間の出来事だ。それでもエウカリスにとっては、ケイカに自分の存在を示す十分意味のある遅延だった。『私を見なさい』。そういう意味だろう。足の交差する僅かなタイミングのズレが、エウカリスの黒髪を大きく上下に揺らし、ローズのミドルノートがケイカの鼻先をくすぐった。

 エウカリスは舞台袖で自分の楽器(ビオラ)を受け取り、壇上に上がった。まるでそこが最初から自分の為の会場であるかのような、揺るぎない自信――楽師たちの前に立っただけで、エウカリスの体からそれが溢れ出ていた。

 エウカリスの発表の間、ケイカが顔を上げる事は無かった。少女は先輩の演奏前の言葉も聞いておらず、そもそも発表すら見ていなかった。ただエウカリスの演奏が終わって、理事長が思わず出してしまった拍手の音と、楽師が言った「合格です」と言う言葉だけは、しっかりと聞こえていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み