第2話 鈍い痛み(2)

文字数 1,383文字



「バーカ。あんなすぐに喋ろうとすんなよ」楽師のいなくなった教室では、少女たちの雑談が始まっていた。

「油断したわー」クラスの年上の子に頭を小突かれたサンジャオは、笑いながら答えた。明るい性格の彼女は、そのドジっ子ぶりをクラス中にPRするのを忘れない。そうしながら目の端では、窓際で机に突っ伏している友人をちらちらと見ていた。

 さらに二言三言会話を交わした後、サンジャオはケイカの元へ子猫が跳ねるように近づいた。

「ケーカ!」挨拶代わりにケイカの首筋にかかる巻き毛を引っ張る。「なんか今日はずっと機嫌悪いね」

「お腹痛くて……朝から」眉毛にかかる金髪のすだれの隙間から、ケイカの憂鬱な片目が見えた。

「あー、あれ(・・)ね……。薬飲んでじっとしてるしかないよね。すぐには治らないし」

「知ったかぶり……。お子様にはわからん」

「あー馬鹿にすんな!」サンジャオは茶髪の三つ編みを揺らして、けたけたと笑った。

 この子はホントよく笑うとケイカは思った。落ち込んだ時にその快活さを分けてもらい、何度も助けられた事がある。けれど今ばかりは、感謝を返す余裕はなかった。

「うー、サンジャオ……大事なお友達。お願いしますから」ケイカは潰された猫のような声を出した。「雨が銀色に見えてきた。ねえ、目が変になるから外の音、消してくれない……。あと私のことは少し放っておいてくれると……」

 サンジャオが素直に手を伸ばして窓を閉めてくれた。

 ケイカの耳に雨音が聞こえなくなった。と同時に、あれほど目をチカチカさせていた青い色が視界からふっと消え失せた。ようやく落ち着けるよと、ケイカは小さく鼻で息をした。けれどそれも束の間、喋りたくて仕方ないサンジャオが容赦なく話しかけてきた。くっそー、窓を閉めたのは、あくまで自分のお喋りを私に聞こえやすくする為だったか。

トレイトマ(センセ)に釘刺されちゃったよね。ケイカはどうするの?」

「ててて……何が?」いま突然やってきた疼きは、腹から頭までズンときた。ケイカの頭から白い煙が出て、一瞬意識が空白になった。

「ふう、これだ! 課題の事に決まってるじゃない。か・だ・い!」

「どうするも、こうするもないよ」

「まあ楽器は決まってるよね。ケイカはピアノしか駄目だから」

「そっちこそ馬鹿にしてない? 他にも弾けるわい……えーと……マリンバとか」

「何それ、打楽器じゃん。ハハハ! そんなの選んだらそれこそ――」

 サンジャオの顔が、ケイカの反応に期待する気持ちで、ニヤついた。友人の語尾の調子と目つきに反応して、ケイカはとっさに頭を上げた。

「「あなたの色が見えません! はい、次の人!」」

 少女たちの声が重なった。二人は顔を寄せ合って眉間に皺を寄せ、レッスン中に楽師がよくする厳しい声の真似をした。息はぴったりだった。ケイカとサンジャオは互いの顔を見てケラケラと笑いあった。

「調子出てきたじゃん!」サンジャオが目尻の涙を拭きながら言った。

「だって、お約束やるんだもん。無理やり起こされたーちくしょう」

 少し元気をもらえたのは認めなければならない。ケイカは感謝しつつもう少し休もうと頭を倒しかけたが、その動作は突然の先輩の一言で中断された。

「軽薄な黄色のオーラばら撒いて、まあ……」そう言って割って入ってきた背の高い女生徒は、ケイカよりも三歳――サンジャオはさらにひとつ――年上のエウカリスだった。

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