第34話 理由(4)

文字数 1,084文字



「うん、私……」

「どうしてここへ?」

「ちょっと見せたいものがあって、来ちゃったの。最近、園に姿を見せてないって聞いたから」

「そうか、まいった……僕が弱ってるこんな姿、見せたくなかったんだけれどな」

 ケイカはふとその言葉の意味を考えてみた。ここに入ってから見てきた景色がフラッシュバックする。プライドの高いトウマのことだ。この棟にいること自体、知られたくなかったに違いない。

「ご、ごめん。でも見るつもり無かったのは、本当だから」

「ケイカらしい……けれどもう見ない(・・・)わけにはいかないね」

 ケイカは黙ってしまった。トウマの声には元気がない。傷ついているのかも知れないと思い、ケイカは少し話題を変えようとした。

「す、素敵な部屋ね。花でも持ってくれば良かったかな。そういえばここに来る途中に庭があって……」

「独房さ」トウマの一言が、ケイカの世間話を切って捨てた。「この部屋だよ。『ガッチャン部屋』っていうんだ」

「え?」

「はは!」被っている布団が笑い、大きく揺れた。「ケイカは知らないでこの棟に来たのかい? ここは閉鎖病棟なんだぜ。悪いことをした者が閉じ込められて、外から鍵をかけられる。扉を閉められたら最後、僕らはもう外には出られない。だからそんな名前が付いてるんだ」

「そんな……どうしてトウマがここにいるの?」

「言っただろう。僕はひどい精神病患者なんだ。それに加えて最近、悪事を働いたのさ」

「真面目に聞いてるんだよ……ねえ、教えて!」ケイカは通じない話に苛立って、声を荒げた。

 しばしの沈黙があった後、ため息と共にしぶしぶという感じの返事が聞こえてきた。「歌ったんだよ。週末にちょっと、とある場所でね。そうしたら、運悪く警官と鉢合わせになって、捕まった。すぐに病院に連絡されて、この通りさ」

「どうして? もう今週は歌わないって言ってたじゃない。私、何も聞いてないよ?」

「何も言ってないからね。それに理由は何となくだよ」

「な、何となく? そんな適当な理由で、私に黙って――」

「イテテ……ちょっと待ってよ。あいつらに殴られて、歯の根がガクガクしてるんだから、そんなに喋らせないでくれる?」

 殴られたという言葉に、ケイカはビクッとなった。「怪我してるの!?」

「口の中を切っただけさ、大騒ぎしなくていいよ。それにこの部屋だって、ずっと居るわけじゃない。明日には釈放されてシャバに出られるんだ。十分に反省したからね」

「もう」どこまでも茶化してくるトウマに、ケイカは呆れ気味だった。

「それで? どうして僕の所に来たんだい」

「……あなたのせいで大事な用を忘れる所だった。ねえ、見て!」

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