第17話 歌い手1(4)
文字数 1,143文字
扉の先は共同で使われる、かなり広いダイニングルームになっていた。八人がけのテーブルが四つ並んでいて、それぞれに椅子がしつらえてあった。そこに、まばらに老人たちが座ってくつろいでいた。
テーブルを超えた向こうに、緩いカーブを描く半円のステージが見えた。どうやら老人たちの宴会か何かで使うようだ。小さなアップライトピアノも置いてあったが、今はカバーが掛かっていて、使われていない様子だ。
老人たちは全員、ケイカが入ってきた事には気づかず、大きな液晶テレビの画面で旅番組を観ていた。
わかってしまえば、何でもない。別に異常な場所でも何でも無く、そういう施設だったと安心した。
ひと通りあたりを確認し終えたちょうどその時、ケイカは老人たちの姿に何か不思議な違和感を覚えた。何だろう。どこかで答えに気づいているのに、言葉にならないむず痒い感覚だった。考えて、もう少しで分かるかも知れないと思ったのだが、割り込んだ声に邪魔された。
「みなさーん」中年の女性はいきなり大きな声で注目を集めようとし出した。「皆さんに演奏をしてくれる先生を連れてきましたよー!」
最初に、老人たちの世話をしていた何名かの女性の中年スタッフが、その声に反応して振り向いた。ああ、あの方ねという素振りで、その場でケイカの方に向き直り、ぱらぱらと拍手をする。
音というより、仕草に反応したのだろう。老人たちは次々と、テレビの画面からケイカへと注意を移し始めた。
「おー、園長さん。この子が、あんたが朝に言っていた、ピアノの先生かい? こりゃまた可愛いお嬢さんだこと!」
「べっぴんさんじゃないか。うちの孫みたいだねえ」
それまで傍観者だったケイカは、視線が集中したので一気にうろたえた。何も心の準備が出来ていない。それにこの場では自分だけが異様に若く、また制服姿である事もあって、強烈な違和感を覚えた。
「あの……あの!」ケイカはそれとなく視線に応えて笑顔を返せたものの、困り果て園長と呼ばれた女性の方に擦り寄った。耳のそばで小声でささやく。「この状況……わたし何も聞いていません!」
「あら、そうなの? 確かにピアノを弾いてくれる子が来るって、聞いていたんだけれど。私の勘違いかしら? あなた、さきほど上手に演奏してらした方でしょう?」
「そ、それはそうなんですけれど、ひとりに聞かせるって……こんなたくさんの方の前で弾くなんて聞いていなくて」
「もし間違えていたとなると、困ってしまうわ。ここにいる皆さん、先生の演奏をとても楽しみにしていたものですから……」
「ええと……」ケイカも困ってしまった。お互いの当事者であるおじいさんがここにいない以上、話し合いがどうしても平行線になってしまう。
「いいじゃない、演奏してやりなよ。ケイカさん」