第30話 ほころび(4)
文字数 1,206文字
「ちょっと、これを見て!」サンジャオの言葉を遮って、ケイカが一枚の楽譜を引っ張ってきた。紙の全体がよく見えるよう、それを二人の間の床に広げる。
ケイカはますます興奮してきて、サンジャオの目つきがうつろになっていたのも眼中になく、勝手に喋り始めていた。「楽譜を書いた年が、ちょうどそれくらいなの。ここ……少しかすれているけれど、読めるわ」
「ケーカ、聞いてもいい?」サンジャオにも、ケイカの言葉が届いていないようだった。少女はかすれた声で続ける。「私の課題がうまくいかない理由。それって私の心の中にある、もやもやのせいかも知れない。それがずっと引っかかっちゃって、取れないみたい……だから教えてほしいの」
「ん、なあに?」
「あの、私この前……見たの。駅の近くの路にいた女の子」
「え、そう?」ケイカの返事はうわの空だった。
「それでね……その子、路上でものすごい上手に曲を弾いていた。髪の毛が金髪だけど制服じゃなかったし、まさかと思ったんだ。けど私ね、確かにその曲から色が見えたの。私も色楽だし、色については見間違えない自信があるわ。だから聞くね……」
「……あ!」
「ケーカ、そこで曲を弾いていたでしょう? 一緒に……」
「……んーと……」
「一緒に……私の知らない、男の子と……」
「……あ、あれ?」ケイカがぱっと楽譜から顔を上げた。「なんだ! サンジャオ見てたの? うわぁ、やっぱ誰かに見られてたんだ……最悪だよね」
「ケーカ、あれは誰?」
「いや、何でもない何でもない! あんなの、ただの偶然の出会いだってば! ただの
サンジャオの体が大きく震えた。「パートナー……それって、もしかしてケーカその人のこと……す……」
「あ!!」ケイカがいままでで一番大きな声を上げた。「あった!」
地面から猫のように跳ね上がり、ケイカは叫んだ。「やった! 見つけた! 題名は『春の
ケイカは喜びのあまり、同年代の男子がするように拳を上に振り上げて、はしたないポーズを取った。それでも収まらず、興奮に体を縮めて足を踏み鳴らす。
「やった! これで曲を再現できる!」そうしてようやく、一緒に来ていた親友への感謝を忘れていた件を思い出した。「ありがとう、サン……」
ケイカは驚いて言葉を止めた。そっと慎重に動くと、うつむいたままのサンジャオに近づいて、震える拳に手を伸ばし、両手で包み込んだ。「へ、平気? 放っておいてごめん……あの……ジャオ、泣いてる? どこか痛むの?」
サンジャオはぼろぼろと頬に流れ落ちる涙を、小さい子供がするように両手でぬぐった。「……ううん、平気。ただゴミが入っただけだから」
天井を見上げて息を吸い込むと、少女の顔は少し落ち着いて見えた。サンジャオはまだ涙のたまった赤い目を潤ませてケイカを見つめ、静かに言った。
「楽譜、見つかって良かったね、ケーカ」
(ほころび おわり)