第43話 恋人たち(3)

文字数 1,073文字


「……」
「ケイカに同じ圧を与えるつもりは無いよ。僕の時代……君より少し前だけれど、生徒間の競争が厳しくてね」

「トウマって、やっぱり私よりも歳上なんだね」
「子供っぽいって言いたいんだろう? ふん、話の腰を折るなよ。先に進めるのは学年でたったひとりだった。それでお互いに色々あったのさ」

「色々って?」
「嫌がらせの(たぐい)、陰湿で根の深いやつだ。君も気をつけるんだぞ」

「私が? なぜ?」
「なぜって聞くのかい? まったく……君のそういう所は、相変わらずのお子様だな! 学年課題の意味がわかってるのかい?」

「……そういう言い方、イヤ」
「何だって?」

「私の先輩にそっくり。そんな言い方するトウマなんて嫌い」
「ち、ちょっと待ってよ」

「……帰る」
「……いいや、違う。ゴメン! そんな所を含めて、全部がケイカなんだ。僕の……」

「僕の? 何?」
「……」

「聞こえない」
「……僕をはめようなんて」

「……ちょっと! ん……変なところを触らないで!」
「いいじゃないか。これは治療なんだから。僕にとっても、君にも」

「治療か……そうかもしれない。私にはあなたの歌が薬になったもの」
「なんかちょっと気に入らない。その僕の歌だけ(・・)に価値があるみたいな言い方」

「そういえば、おじいさんの姿を見かけない」
「あのじいさま、いつもふらりと現れては消えていくんだ」

「トウマはどうしておじいさんを知っているの?」
「ちょうどこの場所で会ったんだ。僕が何もかも失って、薬の副作用もあってふさぎ込んでいる時に。じいさまは僕に歌う可能性を教えてくれた。それとあの園の存在も」

「あの人はお医者さんなの?」
「さあね! 違うと思うけれど。ねえ、僕たちはいつまで老人の話をしなきゃならないんだい?」

「そうね、もう行くわ。練習しないと」
「……今度いつここへ?」

「学年課題の前に試奏会があるの。そこでひとりひとり先生に、それまで練習した色を見せなきゃならない。それが終わった日に連絡する。来週よ」
「来週? 待ちきれないや」

「……私も」
「週末、歌に誘ったら駄目かな」

「駄目よ。週末も練習しないと」
「昔、僕が弾いていた曲がある。課題で使おうとした色譜をまだ持っているのさ。それをぜひ君に渡したいんだ。万が一の為に持っていて欲しい」

「ありがとう。でも来週にして。今は私の曲に集中しなきゃ」
「……」

 ケイカだけが立ち上がった。けれど互いの腕はまだ重なっていた。いつまでも名残惜しく、どちらからも離したくない気持ちが、蔦のように絡み合っていた。

 最後に、二人は同じ言葉を同時にささやいた。

「さようなら、またね」


(恋人たち  おわり)

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