第28話 ほころび(2)

文字数 1,237文字



 ケイカが放課後の教室にたどり着くと、そこには意外な人物が待っていた。

「……あれ、何で?」

 サンジャオだった。自分の席に座り、鞄の上に二重に折ったタオルを敷いて突っ伏していた。人の気配を感じたのだろう。小山がもそもそと動いてこちらを見た。

「……あ、ケーカだ」サンジャオは眠たそうな目をしていたが、ケイカを見つけるとにっこりと笑った。「良かった。なんかね、ここにいたらケイカに会えるかなって思ってさ」

「ふうん、あー! あんたまたずっと寝てたでしょう? 目が赤いよ」ケイカが突っ込んだ。

「……へへ、まあね」サンジャオは目をこすった。ついでに鼻水をすする。

「まったく……こんなとこで寝てると風邪ひくよ? あ、私これから地下室に行くんだけれど、ジャオも来る?」

「地下室? 何しに行くの?」

「ちょっと捜し物。ねえ、暗いの怖いから、ついて来て」


 ケイカとサンジャオは一階に降りると職員室に寄り、鍵を受け取ってから、地下室のある西校舎の奥へと向かった。

 理由を根掘り葉掘り聞かれかねないので、楽師が不在なのは幸運だった。

 鍵と借り物の懐中電灯を腕にぶら下げながら、ケイカが先頭を歩く。廊下のタイルの表面が差し込む西陽を反射し、影の灰色とオレンジの荒いストライプ模様になっていた。

「すごく久しぶりに話しするね、ケーカ」

「そーかな? えーと……あーそうかも! 最近はもう何だか、色々ありすぎたからな……」

 ケイカがあれこれ思い出している最中(さなか)、後ろからついてくるサンジャオは、寂しそうに目を伏せていた。

「……課題の方、どう?」

「あーそれね。全然ダメ。もちろん器は触っているけど、色が決まらなくて……もう放り出しちゃおうかって、思ってたとこ」

 冗談ぽく言ったが、半分事実だった。ケイカはいまもこうして関係ない用事の為に、奔走しているのだから。

「私よりジャオはどうなの? この前大丈夫そうなこと、言ってたじゃない。意外とあんた器用だからね。私なんかよりもちゃんと、やってそうかも」ケイカは軽く言った。

「そんな事ないよ!」前触れなしに、サンジャオが大きな声をあげた。

 ケイカは驚いて振り返った。その拍子に鍵束が大きく揺れて指から外れ落ち、床を滑っていった。

「器用じゃないし……」

 ケイカが見たサンジャオはちょうど、天井まで届く大きな窓の横に立っていて、夕暮れの陽光に包まれていた。

「ジャオ?」ケイカは目を細めた。もしかして震えている? 強い光にさらされている上、うつ向いているので顔がよく見えない。あの元気なジャオに限って心配はないと思うが、先程の声の調子が気になった。

 サンジャオが一歩前に進み出ると、体を包んでいた光が消えた。ぱっと顔を上げる。「それが失敗続きでさ。ケーカが助けてくれないからじゃん。困ってたんだぞ!」

 ケイカがあらためて見た友人の表情には、暗さのかけらもなかった。ケラケラと笑う所など、無邪気な子供のようだ。

「そうだよね、やっぱり」ケイカはふっと肩の力を抜き、落ちた鍵を拾った。
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