第33話 理由(3)
文字数 1,295文字
歩いていくうちに、ケイカは空気が一変したのを感じ取った。三恵園のように壁は白くて明るいし、清潔だ。設備も新しい。けれど何かが異なった。
ナースステーションまで行くまでに、いくつかの病室が並んでいた。そのひとつのスライドドアの前を通り過ぎ時に、ガタンと音がした。椅子が倒れたような音と、人のうめく声がした。
ドアが急に開き、その隙間からばっと手が伸びてきて空をつかんだ。そこに何もないことを知ったのか、手はゆっくりと部屋の中に戻っていく、そしてまた声。
ケイカの心音が早まった。何かがまずいと思った。生まれてからこれまでに来たことがない場所だぞと、心が警告していた。
歩いていくうちに、すれ違う患者を見る度に、彼女はだんだんと悟ってきた。私は何かを勘違いしていたかもしれない。ただ友だちの部屋に遊びに行くような気分で、ここに来てしまった。
ナースセンターで受付をする間も、ケイカは背を向けて、なるべく周りを見ないように、私は無関係であるように振る舞った。けれど、テレビの置いてある共用のダイニングルームの方から、急にドンドンと机を叩く音がし、ケイカはびっくりしてボールペンを落としてしまった。そろそろと足元に手を伸ばして拾い上げ、ブレザーのポケットにしまい込んだ。怖いもの見たさもあったけれど、ケイカは我慢して、背後を見ないようにした。
「トウマさんは……いつもは二十三号室ですけれど、いまはそこの別室ですね。こちらです」
看護師に案内されたのは、ナースステーションのすぐ隣。三つ並んでいる、分厚い扉の付いた物々しい個室のうちのひとつだった。看護師がドアの前に立ってノックする。「面会の方がいらっしゃってます」
返事は無かった。看護師は慣れた手付きでドアのロックを
部屋に通されたケイカの背後で重いドアが閉じられ、外からガチャリと鍵のかかるくぐもった音がした。
ケイカはおずおずと一歩すすみ、その個室を眺めた。
その部屋は壁から床まで、全面が白に近いクリーム色に覆われていた。外とのつながりは、いま入ってきた扉と窓がひとつだけ。窓にはサッシとそれ以外に、鉄の棒が縦に何本も並んでいた。
個室にはたいした物は置かれていなかった。備え付けのベッドと机ぐらい。液晶テレビはあったが電源は切られていて、画面は真っ黒だった。
壁にはトウマのらしきジャケットと、いつもの大きなニットキャップがフックにかけられていた。
ベッドの上に毛布に覆われた山があって、静かに上下に動いていた。中に誰かがいるようだった。
「トウマ?」ケイカは怖かったけれど、この場所での沈黙が続く方がもっと嫌だったので、勇気をふり絞って、その小山に話しかけた。
山が動いた。高さを増して、こちらを振り向いたようになった。毛布がフードのような三角形になっている。おそらくその部分が頭なのだろう。折り目で影になっている部分が少し開いて、そこから聞き慣れた声がした。「ケイカ?」
ケイカはほっとして胸をなでおろした。ここにきてようやく、知っている人物の声を聞くことができた。