第54話 線路の音

文字数 846文字

 うちのアパートは、電車の音が聞こえる。
 線路を走るときの、カタンカタン、みたいな音。
 でも、うちの近所に電車は通っていない。
 最寄り駅は徒歩20分の距離にあるから、バスがないと生活できない。

 聞こえるのは、だいたい夜。
 偶然かもしれないけれど、寒い冬の日が多いような気がする。

 ずっと怪奇現象だと思っていた。
 ここに住んで、かれこれ8年間。
 うちのアパートは電車の幽霊が出るんだ、って。

 夜机に向かっているときも、パソコンに向かっているときも、あの音が聞こえるとなんとも言えない気分にさせられた。
 自分は今、ありもしない音を聞かされている。
 カタンカタン、という音だけの怪奇現象に直面している。
 何らかの霊が引き起こしているのだとしても、目的がわからない。
 どうなりたいのか想像もできない。
 とりあえず、成仏してくださいと祈ることしかできなかった。

 ところが最近、あるテレビ番組がとんでもない事実を暴いた。
 端的にいうと、電車の幽霊なんていなかった。
 気温が低い日には、遠くの音がよく聞こえるようになるのだと、権威ありそうな学者の人が言っていた。

 あー、確かに、と納得。
 寒い冬の夜、カタンカタン言っていたわ。
 2キロ先を普通に走っている電車の音が普通に聞こえていただけ。
 それに「成仏してください」とかw

 ――で、グッと冷え込んだ今日。
 久しぶりにあの音が聞こえた。
 カタンカタン……カタンカタン。
 でもいつもと違ったのは、しばらくしてから甲高い金属のきしむ音が続いたこと。
 電車の急ブレーキの音だ。
 何か、急停止するようなことが起きたのだろう。
 人や動物が飛び出したとか、あるいはそのまま止まりきれず……という線もあり得る。

 次の日も、あの音が聞こえてくる。
 何となく耳をすませた。
 カタンカタン……カタンカタン。
 そしてまた、金属の悲鳴のような急ブレーキの音。

 その翌日も、さらに次の日も、ずっと。
 こんなに毎日電車が急ブレーキをかけることってある?
 あの音って、やっぱり……。
〈完〉
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