第55話 ホクロ1

文字数 825文字

 1年ほど前の出勤中。
 電車のホームのいつもの場所で電車を待っていた。
 向かい側のホームでも、たくさんの人が電車を待っている。
 でも列の先頭にいたオジサンをついじっと見つめてしまった。

 眉間の、本当にど真ん中に、真っ黒い大きなホクロがあった。
 たぶん、1円玉くらいの。
 何より異質に感じたのは、その色。
 SNSで、光を吸収して反射しないからどんな黒より真っ黒に見える塗料、っていうのを見たことがあったけれど、まさにそれで描いたのかと思うほどだった。
 漆黒、なんて言葉を中2のときにやったリレー小説で以来で使うことになろうとは。
 とにかくあまりにも黒すぎて、逆に浮き上がって見えた。
 私は、その漆黒の点から目が離せなかった。
 気づいたときにはオジサンはホームから身を躍らせていて、ちょうど通過してきた急行電車の真正面がそれをキャッチしたような状況になった。

 もちろん、向かい側だけでなくこちら側のホームも騒然となった。
 電車は上下線ともに運休になり、私は遅延証明をもらって大回りで出勤した。

 それから、私は漆黒の大きなホクロをたびたび目にするようになった。
 次は、同じフロアだけれど別の部署の上司。
 ホクロを目にした翌日には、入浴中に急死したという知らせが社内に通達された。
 ここで私は早々に理解することになる。
 あのホクロが現れた人は、間もなく死ぬということを。

 念のためその日の昼休み、いつも一緒にランチする同僚2人に聞いてみた。

「あの部長って、急にホクロできたりしなかった?」

 不謹慎なやつだとは思われたくはなかったから慎重に言葉を選んだつもりだったけど、どうしてもヘンな感じになってしまう。
 同僚はまさに昨日、健康診断の結果を件の部長に手渡しする際に顔を見ていたというけれど、ホクロは見ていないらしい。
 あんなに目立つものが顔のど真ん中についていて見落とすなんてあり得ないから、おそらくあのホクロは自分にしか見えないものだということも理解した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み