第24話 動機1

文字数 944文字

 突然こんなことを言うと頭がおかしいと思われるかもしれない。
 俺たぶん死んでるはずなんだよ、ずっと前に。

 学生時代にスキーに行ったときのこと。
 冬休みで人が多くて、特に子供と何度かぶつかりそうになった。
 さすがに危ないと思って、あまり人がいない斜面に移動したんだ。
 そしたらそこの雪が、途中から突然アイスバーンみたいにツルツルのカチカチになっていて、俺はコントロールを失い斜面に体を投げ出された。
 完全に体が宙を浮いて、頭から着地した。
 首からゴキッていう鈍い音が聞こえて、「あ、死んだな」と思った。

 ……のに、よく言われる真っ暗なトンネルを光に向かって進んでいくこともなく、川をわたってお花畑に行くこともなく、ただただ雪山の斜面に転がっているだけ。
 しょうがないから普通に立ち上がって、首も頭も、体のどこにも異常がなかったのでそのまま夕方までスキーして帰った。
 そして今に至る。

 よく夢で、ピンチに陥った瞬間に目覚めることってあるだろ。
 何者かに殺されたり、逆に誰かを殺したり、警察につかまったり。
 夢の中で「まじかよー」って思ったとたんに目が覚めて「なんだ夢か」ってね。

 だから多分、あのスキーの出来事以降はすべて夢で、目覚めたときに本当に死ぬんだと思っているのだが、一向に覚めない。
 今の状態がめちゃくちゃ幸せなら、それこそ「夢なら覚めないで」と言いたいところだけれど、あいにくそうじゃない。
 来る日も来る日もつまらん仕事に負われ、出来の悪い上司の小言を受け流し、ようやく残った僅かな時間を趣味に費やす……対価悪すぎだろ、どう考えても。
 これが例えば、睡眠時間や食事、フロなどを除いた時間が仕事と余暇で1対1なら、まあ悪くないと思うよ。
 十分じゃないが、必要最低限は満たしていると思う。
 しかし実際はそんなうまいこといくはずもなく……。

 もしもの話だよ。
 自分がこの世に誕生する前に待遇を選べたらどうするだろう。
 求人雑誌一覧みたいなのがあって、「職種:人間 業務内容:退屈な作業を1日最低10時間(往復移動時間含)行う、週休2日、転職不可」みたいな記事があったら応募するか?
 もうちょい良い待遇の生き物を選ぶか、ニートにでもなるよな……生まれる前なら食べなくても死なないだろうし。
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