第10話 平行世界へ行く方法

文字数 1,426文字

 ネットで、パラレルワールドに行く方法を試したことってある?
 ぼくはあるよ。
 誰だって生きていれば、いいことばかりじゃないでしょ。
 あんなことしなければ良かったー、って後悔したり。
 コイツいなくなってくれないかな、って合わない奴がいたり。

 一回や二回じゃ、グッとこらえることができるかもね。
 でもそれが三回、四回と続ければ、どんな人でも耐えられなくなるんじゃないかな?
 気性の強い人なら、現状を打開して変えようとするかもしれない。
 あるいは合わない奴を攻撃して排除するか、行動を改めさせるかする。
 ところが気の弱いタイプだとそうはいかない。
 つらい現状から逃げ出したり、気の合わない奴がいなくなることをひたすら願ったり。
 要するに、現実逃避に走るんだよね。

 まあ、ぼくがそうなんだけど。
 詳しく書くと長くなるけど、仕事が嫌になっちゃって。
 寝て起きたら、理由は何でもいいから仕事に行かなくてよくなりますように。
 なる早で上司がクビになりますように。
 そんな思いを胸に、夜な夜なネットの海をさまよっていた。

 そしたらある日、見つけたんだ。
 平行世界へ行く方法。
 具体的なやり方は言わないよ、マネして何かあっても責任取れないからね。

 実際、書かれていたのは拍子抜けするほど簡単な手順だった。
 これが生贄を用意しろとか、自分の血をどうとかだったら、たぶんやらなかった。
 でも、見たその場ですぐできるような手軽さだったから、深く考えずに試した。
 そして普通に寝た。
 目が覚めたらそこは今までとは違う世界、という触れ込みだった。

 翌朝起きたとき、特に違和感はなかった。
 ゴミ箱の中も、帰ってから食べたスナック菓子の袋がそのまま入っていたし。
 失敗だったというか、もともとガセだったと思ったね。
 会社が爆発したので当分出勤しなくていいですなんてメッセージは回ってこなかったし、嫌な上司は相変わらず嫌な奴だったし。

 でもぼくは、諦めなかった。
 藁にもすがる思いというか、諦めたくなかったんだ。
 ガセだと思いたくなかった。
 たまたま調子が悪かったんだと思い込んだ。
 だから、その日の寝る前にも試した。
 翌日も、その次の日も、ずっと……。
 何日くらい続けたのかな、1か月以上はやったと思う。
 それでも、ぼくが嫌で嫌でたまらない世界は相変わらずそこにあった。
 そして今に至るわけだけれど、ぼくを取り巻く問題は何も解決していない。

 でも1つだけ、明らかに変わってしまったことがある。
 3か月ぶりに、小学校からの親友からメッセージが届いていた。
 飲食業界にいるやつだから、このご時世でバタバタしていてしばらく音信不通だったんだ。
 そいつ、苗字が辻っていうんだけど。
 しんにょうの点の数がさ、いつの間にか増えていたんだ。
 小学生のときはそいつの胸の名札に苗字が書かれているのを毎日見ていたし、大人になってからも去年までは3日と明けずにメッセージのやり取りをしていて名前を目にしている。
 「辻」のしんにょうの点、1個だけだったんだよな。
 絶対、勘違いなんかじゃない。

 1か月以上も問題とは無縁のパラレルワールドを夢見て脱出方法をコツコツ続けた結果、ぼくがたどり着いたのは「辻」のしんにょうの点が増えただけの世界とは……。
 もう何だか、いろいろバカらしくなるよね。
〈完〉
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