第3話 リモートワーク2

文字数 1,030文字

 振り返って確かめようとして、体を四十五度傾けたところで動きを止めた。
 人だ。
 人っぽい何かだ。
 白いフワッとした、女もののブラウスを着た何か。
 それが、自分と本棚の間にいる。
 一人暮らしで他の人間が家にいるはずもなく。
 不用意に振り向いて、得体の知れない何かと対峙する覚悟はない。

 体の向きを戻す。
 再度画面を確認すると、やはり背後にいる。
 そいつの顔は見切れていてわからない。
 どうしよう。

 これまで観たホラー映画のオヤクソクが脳裏を駆けめぐる。
 こういう場合、考えられるのは……。
 一、振り向いたら消えている。
 二、振り向いたら殺される。
 三、画面を消すと殺される。
 ……まあ、だいたい殺されるよな。

 コンタクトを取ってみようか。
 会話による平和的解決は可能なのか。

「あのう、すみません。どちら様でしょうか?」

 少々声が裏返ったが、重要なのはそこではない。
 相手の反応を待つ。
 返事はない。
 動きもしない。
 シカトか……。

 もう一つ、考えられる可能性を思いついた。
 自分の頭がおかしくなって、ありもしないものが見えてしまっているという状況だ。
 これを検証するために、ビデオ通話機能のリストから一人を選んで呼び出しをかける。

「はーい、お疲れ様ですー」
「ああ、お疲れ様です」

 間延びした挨拶をしながら画面に写ったのは、同僚の竹田さん。
 社内に友人と呼べる存在はいないが、この人とはたまにプラモの話で盛り上がったりもする。

「すみません、ちょっと妙なことになっちゃって。確認してもらいたいんですよ」
「おやー、どうしました?」
「俺の背後なんですけど」

 言いながら自分の映像を見るためノートパソコンに顔を近づける。

「あれ……」

 いないぞ。
 白いブラウスの女がいなくなっている。
 俺の背後はすぐ本棚だ。

「あ、なんか大丈夫みたいです。
 お騒がせしてすみません、それじゃ」
「えー、あれー、もう――」

 竹田さんがまだ話している最中に退室成功。
 俺の予想では、今あの白いブラウスの女は、竹田さんの背後に出現しているはず。

 ほどなく、ビデオ通話の呼び出し音が鳴りだした。
 もちろん、相手は竹田さんだ。
 俺は出ないぞ。

 すまない竹田さん。
 このカラクリに気づいたら白いブラウスの女を、ババ抜きの要領で次の不幸な奴に回してくれ。
 健闘を祈る。
〈終〉
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