第8話 進化する幽霊

文字数 1,586文字

 前職の友人が、たまたま所要で今の職場の近くまで来るので、待ち合わせて昼食を一緒にすることにした。
 とは言っても、飯屋なんて牛丼屋かファストフード店くらいしかわからない。
 さすがにアレだと思ったので、駅前のビジネスホテルにある中華料理屋に行くことにした。

 ひとしきり近況を語り合う。
 このご時世、どこも絶好調というわけにもいかず……。

「来月になって、急に部署ごと自分の居場所がなくなっていても驚かないね」
「うちも似たようなもんだよ」

 楽しく会話が弾むわけではなかった。
 ただ、自分らの中では絶対に盛り上がる定番ネタがある。
 それが怪談だ。
 仕事で行き詰まっても、失恋に肩を落とす日も、怪談で口直しをすれば結果オーライ。

「全然怖い話じゃないんだけどさ」

 水を向けると、友人はすぐさま嬉々として話し始めた。

「幽霊の定義っつーか、ありよう?
 みたいなのがさ、最近変わってきつつあると思うんだよ」
「また難しいことを言い出すな」
「いや、単純な話。
 一昔前は幽霊って言えば、白装束に足がないって相場が決まってただろ」
「そんなステレオタイプの幽霊が出てくる怪談、ここ20年は聞いた記憶がないけどな」

 埋葬されたときの姿よりも死亡したときの姿で現れる幽霊の話がはるかに多い。
 足の有無について言及される話はあまりないが、体が透けているという証言はたまに聞く。

「そうなんだ。
 どうも最近の幽霊って、進化しているみたいだぞ。
 この前な――」
「ちょ、待て待て。
 まさか体験談か?」

 長年怪談を語り合ってきた仲だが、お互いに体験談を話したことは一度もない。
 気のせいレベルのちょっと不思議な体験はいくつかあったかもしれないが。
 だから二人とも、いわゆる霊感がない部類なのだと思い込んでいた。

 友人が、したり顔でうなずいた。

「何を隠そう、そうなんだよ」

 これは、注意深く聞かなければならない。
 俺は辛すぎた麻婆豆腐を中和するためガブ飲みしていた水のグラスをテーブルに戻し、居住まいを正した。

「最近の幽霊な、ほとんど生きている人間と区別がつかないんだ。
 そのうえ、自転車に乗ってる奴が増えている」
「自転車……まじか……」

 おうむ返しに相槌を打ってはみたものの、正直なところ、ちょっと何言っているかわからない。
 例の震災以降に自転車通勤が取りざたされたり、最近ではフリーランスの出前システムが流行したりして自転車ユーザーが増加した結果、死亡事故が多発して幽霊が増えたということなのだろうか。

「普通のチャリ乗ってる人と幽霊と、どう違うんだ?」
「よくぞ聞いてくれた」

 タイミング良く油淋鶏を完食した友人が、箸を置きながらニヤリと笑った。

「歌ってるんだよ」
「歌?」
「そう。
 何となく聞こえるってレベルじゃなくて、歌詞の内容が聞き分けられるくらいの声量で歌いながら通りすぎて行くんだよ」

 ずいぶんとご陽気な幽霊だとは思いつつ、それが生身の人間である可能性を払拭するため、俺はさらに質問を続けた。

「小学生くらいの子供じゃなくて?」

 最近は通学路を通らないからわからないが、小学校低学年くらいの子供って、一人でゴキゲンに歌を歌いながら登下校していることがあるじゃないか。
 だが友人は、俺を小馬鹿にしたように笑って首を横に振るのだった。

「違うって、子供はよく歌いながら歩いているだろうか。
 年代はバラバラだが、見たことあるのはいい年した大人だ。
 大学生くらいから50代以上と幅広い」

 歌う幽霊。
 自転車に乗る幽霊。
 改めて頭の中で思い描こうとするのを、ワクワクしたような友人の声が邪魔をした。

「いやぁ、参った。自分もついに視える人になっちゃったかー」
〈完〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み