第12話 見知らぬ駅についた2

文字数 951文字

 必死の抵抗のまま、めちゃくちゃまぶたに力を入れて目をカッ開いた。
 いつの間にか停車していた電車の中は、予想どおり無人だった。
 きたか、ついに。

 俺はこれまで異世界に迷い込んだ誰よりも冷静に行動したと思う。
 まずスマホで時間を確認した。
 意識を失っていたのは、おそらくほんの数分。
 取り敢えずそのまま、無人の電車内を撮影しまくる。
 ま、これだけだと無人のときを狙って撮影したと思われても反論できないが。

 それから外に目をやった。
 電車は、まったく見覚えのない駅に停まっている。
 エンジンを切っているのか空調もモーターみたいな音もまったくなく、ひたすら静寂。
 駅のホームも無人。
 駅の外は森だか山だか、とにかく木が鬱蒼としていた。
 出勤中の出来事にもかかわらず、空はオレンジ色だ。
 夜明けなのか夕方なのかはわからない。

 まず、車内広告をチェックしながら先頭車両に向かう。
 広告は問題なかった。
 今朝もニュースを賑わせていたゴシップ記事やら、代わり映えのない英会話スクールの宣伝、自己啓発系の本の広告などなど。
 先頭車両に運転手はいなかった。

 速やかにホームへと移動する。
 自動販売機で売られている飲み物も、特に見慣れないものはない。
 困った、せっかく異世界に行けたのに、証拠になるものが何もない。
 そう落胆したとき、駅名が書かれた看板が目に入った。

 い繝ゥ駅

 これだ!
 俺は興奮しながらスマホを構え、シャッターを切った。
 それからカメラを動画撮影モードに切り替え、駅名看板から無人のホームと車内、そしてオレンジの空と時計をワンカットに収めた。
 編集したとイチャモンをつけられたらそれまでだが、「恐怖で撮影することなど思いつきませんでした」みたいなヘタレとは一線を画する証拠になるはず。

 ひとしきり異世界を堪能し、さてどうしようと立ち止まる。
 これまで読んできた多くの異世界体験談が本物であれば、電車が動き出せば元の世界に戻れる。
 あるいは、時空のおっさんと呼ばれる作業員みたいな人物に発見されて元の世界に送り返されるのがセオリーだ。
 調子に乗ってさらに駅の外を探索している最中に電車が発車してしまった場合、戻れない危険性がある。
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