第52話 カマキリの死んだあと1

文字数 522文字

 地面を見つめながら歩く、というのは僕が自覚している癖の一つだ。
 子供の頃は母親に「みっともないからやめなさい」と言われた。
 けれど三つ子の魂百までという言葉もある。
 つまり、いまだに治らない。

 断っておくと、金目のものが落ちていたら素早く拾うために、そうしているわけじゃない。
 単に、妙な物を踏みつけないためだ。
 そう、例えばガムとか犬のフンとか、最近じゃあまり見ないけれどカエルの死体とか。

 その癖が幸いしてか災いしたのか、今日は家のドアのすぐ前で妙な物を発見した。
 カマキリの死体だ。
 両手の鎌を胸の前に掲げたまま、それはペシャンコに潰れていた。
 殺害現場には、潰された際に染み出た体液が死体の輪郭を描いている。

 多分、僕は引きつった顔をしていただろう。
 生きている虫はわりと――ゴキブリ除く――平気で触れるけれど、死んでいる虫は苦手だ。
 だから僕は注意深くカマキリの死体をまたいで家を出た。
 普段は「設計ミスだろ」と文句ばかり言っている内開きの玄関ドアに、今日ばかりはお礼を言いたい。
 おかげでカマキリの死体をドアですり潰さずにすむから。
 外に出てから、せっかく避けたソレを踏まないよう、ヘッピリ腰になりながら鍵を掛けて仕事に向かった。
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