第6話 虚構の記憶2

文字数 1,017文字

「あとは、戦争かな。
 1988年のある日、担任の先生がメチャクチャ深刻な顔して教室に入ってきて、授業を始めずにこう言ったんだ。
 『戦争が始まってしまいました』って」
「いやいや……いやいやいや、それはないって」
「うん、これについては自分の中でもアレは何だったんだろうって思っている。
 実際に戦火にを巻きこまれたわけじゃないんだけど、担任の話はハッキリ覚えているんだ。
 『これまでのように、当たり前に学校で勉強したり、友だちと遊んだりできなくなってしまいます』なんて言われて、教室全体がザワザワしていた」

 友人はスマホをいじってから画面をオレに見せた。
 戦争関連のwikiのページで、何年から何年にかけてどの戦争があったかが一覧になっている。
 1988年に始まった戦争は存在しなかった。
 むしろ、イラン・イラク戦争が終わった年になっている。

「その後どうなった?
 普通に学校生活送ったんじゃないのか?」
「そうなんだ。
 いつ学童疎開が始まるのかみたいな雰囲気だったのに、結局何事もなく。
 担任はその後すぐに産休かなんかで学校に来なくなって、確かめられずだ」
「戦争の件だけなら、その担任が怪しいな。
 何らかの理由で戦争が始まると思い込み、それを生徒に語った後、保護者経由で学校側に連絡が行って担任から外されたとすれば辻褄が合う」
「なるほど」

 プーヤンの記憶が違っていた事実に気づいたのは、中学生になってから。
 気温の記憶違いに気づいたのは、結構最近。
 でも戦争についてはすぐに、少なくともその年のうちには「あれおかしいな、戦争どうなったんだろう?」って気づいた。

「1988年って、お前いくつだった?」
「えーと、8歳。
 小2のとき」
「そのころに、よく似たこっちの世界に来たって可能性も否定できないな」

 自分でも気づかないうちにパラレルワールドに移動するなんて、起こり得るのだろうか?
 ただ、もう一つ気になることがある。
 母親がよく言うのだ「小さいころはもっと明るい子だったのにね」と。
 生まれたときから一貫して今の性格だったつもりだが、もしかすると朗らかな自分がかつてこの世界にいて、1988年のある日に戦争が始まる世界に行ってしまったのかもしれない。

 結局、何かがわかったわけではない。
 友人の卵かけご飯がカピカピになってしまった以外、確かなことは何もないのだ。
〈完〉
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