第15話 クローゼットの隙間

文字数 1,418文字

 連休初日なのをいいことに、つい夜ふかしして怪談サイトに入り浸ってしまった。
 今日読んだ話には、それほど怖いものはなかった。
 それでも、寝る前に歯を磨くため真っ暗な洗面所に行くときは、少し緊張した。

 ただ暗いってだけで怖がるほどウブではないつもりだが、洗面所には鏡がある。
 真っ暗だけれどかろうじてそこに鏡があるのがわかる状態で、本来映ってはならないものが写り込んでしまったら……それを想像すると急にゾクゾクしてきて、廊下を走って自室に戻った。
 部屋でまだネットを見ながら5分くらいかけて丁寧に歯を磨き、またダッシュで洗面所に言って口をゆすいで戻る。
 これが怪談を堪能した日のお決まりになった。
 いつもだけれど、今日も鏡には何も不審なものは映り込まなかった。

 その後はトイレ。
 学校の怪談ではトイレが舞台になることが多いが、自宅のトイレを怖いと思ったことはない。
 なぜだろう、なんて考えながら用を足す。
 自宅のトイレは学校とくらべて綺麗だし、芳香剤のいい匂いがするし、明るい。
 空間は狭いが、だから背後を気にする必要もないし、ドアの上に何者かが覗くほどのスペースはない。
 そんなところか。
 ただ、たとえば便座に座って大をしているとき、ドアと床の隙間から指がニュッと出てきたら少し怖いかもしれない。

 寝る準備が整って、扇風機のスイッチを入れてから横になった。
 子供の頃は、扇風機をつけっぱなしで寝ると死ぬって言われたっけな。
 今は扇風機をつけずに寝たほうが死ぬリスクが高そうだ。
 寝付きは良いほうなので、ほどなくして眠りについた。

 ……明け方に寝苦しくて目が覚めた。
 起きるつもりはない。
 再び目を閉じようとして、ふと気づく。
 足側にあるクローゼットの扉が5センチくらい開いている。
 ただ、今はそんな場合じゃない、眠い。
 今日のところはこのまま眠って、明日起きたら閉め直そう。

 しかし、目を閉じる直前に視界を縦方向に白いものが通り過ぎた。
 ワタボコリがふわーっと舞うような速さではなく、何かが通り過ぎるか落下するくらいの速度。
 寝ぼけ眼をよくよく暗闇に凝らした。
 10秒くらい置いて、クローゼットの隙間を何かが落下した。
 何だろう?
 枕を頭から少しだけ浮かせ、さらに目を凝らす。
 まただ、10秒後。
 白いものがクローゼットのちょうど開いている隙間で落下する。
 だが、落ちたものが床のフローリングに当たる音はしない。

 一体何が?
 そんなに連続で物が落ちることなどあるのか?
 完全に体を起こし、落下物を見極める体勢になった。

 10秒後。
 クローゼットの隙間の一番上から、まっすぐ下に向かって、白い手首が落下した。
 指のつき方から考えて、右手だ。
 赤くて光沢のあるマニキュアが5本の指先すべてに塗られている。
 下まで到達した手首は、床に接する直前で右にスライドし、クローゼットの扉の陰に隠れた。
 10秒後、また一番上から落ちてくる。

 何だこれ。
 1つの右手首をリサイクルした怪現象か?
 次から次へと新しい手首が延々たまってクローゼットから溢れていたら怖いが、少ないリソースをやり繰りしてできる限りの怪現象を引き起こしていると思うと、なぜか全然怖くない。

 ちょっと何が起きているのかよくわからないが、実害はないのでそのまま寝た。
〈完〉
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