第9話 引っ越し

文字数 1,045文字

 転職を期に引っ越した。
 通勤時間が多少伸びるのは許容範囲だが、乗り換えが増えるのは嫌だったから。
 駅チカ、コンビニ近くという便利さにもかかわらず予算をだいぶ下回る物件だったので、即決してしまった。

 もしかすると、もしかするかもしれない……。
 心理的瑕疵物件、だっけか。
 いわくつき、ワケ有りということもおおいにあり得たけれど、僕は不動産屋さんにあえて聞かなかった。
 ほら、ちょっと熱っぽいなと感じる程度だと動けるけれど、熱を測って37度を超えていると途端に動けなくなるじゃない。
 何も知らないつもりでいれば、出るモノも出られなくなるんじゃないかという。
 知らぬが花って言葉もあるし。

 でも、やっぱりあったよ。
 「何か」は。

 引っ越し当日、もともとたいした荷物はないので荷解きはソッコーで終わった。
 引っ越し祝いでデラックスのり弁で一人パーティーを行い、ネットも問題なく繋がることを確かめて、深夜布団に潜り込んだ。
 まぁ、布団って言っても敷布団にタオルケットだけれど。
 いつも使っているアイマスクが引っ越しのどさくさでなくなったのでハンドタオルを目に乗せて。

 寝付きはそんなにいいほうじゃないと思う。
 毎日だいたい30分くらいはゴロゴロしている。
 で、ようやく睡魔が来たっぽい感じになったとき、それは起こった。
 敷布団のシーツが引っ張られるんだ。
 足のほうでシーツが一瞬、ピンと張る感覚がある。

 いい忘れたけれど、一人暮らしだしペットは飼っていない。
 この部屋にいていいのは僕だけのはずだ。
 気のせいだと思って足を動かし、また寝る体勢に入ると……シーツがピンと張る。

 正直言って、これのせいで寝られないほど影響があるかと言われると、そこまでじゃない。
 だから、理由はわからないけれど気にせず寝てしまおうとした。
 でもその前に、一応足元を確かめよう。

 目にかけたタオルを少しだけ引っ張り上げ、鼻とタオルの隙間から足元に目をやる。
 しかし、足元を確認できなかった。
 視界が、女の首から肩にかけた辺りで塞がれていたから。

 いるね、「何か」。

 このときの自分の判断に、僕は拍手を送りたい。
 もしタオルを逆に、つまり口元にずり下げる形で視界を確保しようとしたら、間違いなく女の顔を見てしまっていただろうから。

 結局、女はそれ以上何もしてこないようだったので、僕はタオルを元に位置に戻してそのまま眠りについた。
〈完〉
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