良いニュースと悪いニュース

文字数 2,310文字

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 強盗犯が逃走中に証拠を隠す為、泣く泣く金を僕に押しつけたというようなことはないだろうか、と想像してしまう。

 スマートフォンを操作し、ローカルニュースのサイトを表示する。見出しをチェックしてみたが、「銀行強盗事件が発生。犯人は桜木町方面へ逃走中」というものはない。隣を見ると、同じくチェックをしている小此木さんが、神妙な顔をしている。

「何かありました?」
「良いニュースと悪いニュースが」
「良いニュースは?」
「虎のマスクって名乗ってる人が、児童養護施設にランドセルや勉強机を寄付したって」
「世の中捨てたもんじゃないですね」
「くたばればいいと思うニュースは、女子大生に借金を背負わせて風俗店へ斡旋していた男が逮捕されたって」

「それは……」と口にして、言葉を失う。世の中には、どうしてそんなことを、と思う酷いことを平気でする奴がいる、ということが恐ろしくもある。 

「電車の信号トラブルもニュースになってるね。そう言えば、平くんは遅延に巻き込まれなかったんだ?」
「始める二時間前からここに来てたんで大丈夫でした」
「ずいぶん早いね。でもまあ、この辺だったら色々あるし時間も潰せるかあ」
「いえ、ずっとベンチに座ってました」

 小此木さんが信じられない、という顔でまじまじ僕を見つめてくる。

「うろうろしながら、腕時計を何度も見るのが嫌なんですよ」
「でもまあ、あそこに大道芸人さんもいるし、駅前でも楽しめるか」

 パン屋の二階、窓ガラスに面したテーブルにいるので、外を見ることができる。駅前広場に視線を向けると、青いオーバーオールに白黒ボーダーのシャツを着た、ピエロメイクの男が人だかりの前でパントマイムをしていた。機械仕掛けの人形のような規則正しい動きで、壁を作ったり動かない鞄に悪戦苦闘したり、とコミカルな動きをしていた。奇妙とも愉快とも取れる不思議な光景に目を奪われる。

「あの人は、僕の弾き語りが終わった後に来たんで、いなかったですね。いたのは、盲導犬の募金くらいで」
「じゃあ何してたの?」
「ぼーっと駅前の風車を見てました」

「風車を?」「はい」
「二時間?」「はい」

「わたし、平くんのことがわからなくなってきたかも」
「時間が気になる小心者ってだけですよ」

 来たけどいなかったじゃないか、と言われることを気にしていたのが、馬鹿らしい。

「もしかしてさ、その二時間で何か変なものを見ちゃったんじゃない? その口止めにお金を渡されたんだよ。何か見なかった?」
「カップルの痴話喧嘩と、子供がアイスを落として泣いてるのと、女子高生三人組が自撮りしながら踊ってるのは見ました」
「あんまり関係なさそうだねー」

 小此木さんがそう言って、空いている僕の隣の席をちらりと見た。

「ところでさ、良ちゃんには相談しないの?」

 それはもっともな疑問だけど、思わず眉がぴくりと痙攣する。確かに、森巣に相談をすれば
「おいおい、わからないのか?」とあっさり解決してくれるかもしれない。

 だけど、今は素直に頼る気になれなかった。

 森巣、お前、来ないのかよ! という憤りがまだ消えていない。何度も一方的に連絡をするのは僕だけ話をしたがっているみたいでなんだか癪だ。

「西部劇の主役は、仲間が来るのを待ってから戦おうなんてしないんですよ」
「突然、良ちゃんみたいなことを言って、どうしたの」

 森巣の影響で古い映画を見始めたので、痛いところを突かれたが、悟られないように顔に力を入れながら、続ける。

「僕は森巣が来なくても弾き語りができたんです。この問題も、自分でどうにかしますよ」
「平くんって」
「何ですか?」
「意外とムキになるんだね」
「別にムキになんてなってないですよ」

 全然なってませんね、とかぶりを振る。

「連絡なしですっぽかす奴は、仲間に入れてあげません」
「そして根に持つタイプなのね。だんだん平くんのことがわかってきた」と小此木さんが苦笑する。「でもさ、わたしは頼ってもいいんだ?」

 それは、と返答に窮する。大丈夫なんでお帰り下さい、とは心細いので言えない。西部劇の主役だって、仲間が側にいたら相談くらいするんじゃないだろうか。決闘行ってもいいかな? と。

「っていうか、よく考えたらすいません、小此木さんは困りますよね」

 この百万円にまつわるトラブルに小此木さんは無関係だ。これから何か予定があるかもしれないし、巻き込んでしまうのは申し訳ない。

「親にお金払ってもらってるから、五時からの予備校には絶対に行く。でも、それまでだったらいいよ。弾き語りを聴きに行って平くんと仲良くなっちゃった、って良ちゃんを悔しがらせたいしね」
「別に悔しがらないと思いますけど」
「悔しがるって。良ちゃんは本当の友達がいないんだから。取られたと思うんじゃない?」
「そんな子供みたいな」
「子供っぽいよ。怒りっぽいし理屈っぽいし偉そうだし」

 森巣は、気にくわない事件が起こると腹を立て、戦う理屈を持って介入していく。誰かに任せておこうとしないのは、他者に手を差し伸べようという優しさなのか、それとも世の中を割り切れていない幼さなのか。格好いいなと素直に感心することもあれば、その生き方は大変そうだなと思うこともある。偉そうだという意見は、その通りだ。

「でもやっぱり、小此木さんに迷惑をかけるわけには」

 気が引けて、言い淀んでしまう。

「平くんも、良ちゃんの悔しがる顔見たいでしょ?」
「見たいです」

 即答だった。
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