最後のカード
文字数 1,946文字
12
「お金を脅し取るっていうのは、感心できませんよ」
友達が被害者になり、仕返しがてら金儲けをするのは正しい道ではない。金儲けの口実が欲しかっただけではないか。
「やられたことをやり返してやりたかったんだよね。逆らえない相手に法外な値段を請求される気持ちを味わってもらいたかたんだ」
「で、あなたは百万円で何を買うんですか? それとも貯金ですか?」
僕が軽蔑していることを察してか、ピエロが「あー」と納得するように漏らした。
「実はランドセルを買ってる」
「ランドセル?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。
「勿論、ぼくが使うんじゃないよ。最近『虎のマスク』って名乗ってるんだけど、わかる?」
虎のマスク、と口にして見て、はっとする。小此木さんが見つけた、良いニュースの方だ。
「あのランドセルですか? 施設に送ってるっていう」
「正解」
ピエロだったり、虎のマスクだったり、この人の本当の顔はなんなのだろうか。
「ぼくはお金の為にやってるんじゃない。さっきも言ったけど、これは僕の憂さ晴らしの自己満足なんだ。許したフリをして自分の感情を誤魔化して生きたら、ぼくの人生はぼくの人生じゃなくなる。自分は何もしなかったんだ、そんな後悔をしながら生きるなんて、死んだのと同じだ。だから、ぼく自身が生きる為にやったんだ」
人を騙したお金で買ったものを寄付されたくない、という他人の気持ちも彼は気に留めていないのだろう。自己満足だから、と。
「それで、もう満足しましたか?」
呆れつつ質問をすると、ピエロは首を横に振りながらポケットからスマートフォンを取り出した。
「まだ。これが最後のカードだ」
ピエロがそう言って、大袈裟にスマートンフォンの画面をタップした。
「今、ゾンビがしてきたことを告発する情報をネットに流した。言わない約束じゃないかって思われるだろうけど、こっちはもともと筋を通すつもりなんてないからね。ぼくは別に良い人じゃないし」
そんな、約束が違うじゃないか、と驚いたが、不思議と責める気にはならなかった。
最後まで悪びれない表情が、罪悪感を抱くなら最初からしないと語っている。
ゾンビは自分のしてきたことが晒された。ゾンビが調べられたら芋づる式に他の仲間も逮捕されるだろうし、他人の人格を踏みにじった下衆というレッテルを貼られて、生きて行くことになる。
もし、自分がピエロの立場だったらどうするだろうか。妹の静海や小此木さんが同じ目に遭い、警察が何もしてくれなかったら? そう考えると、胸の中に黒くてどろりとした感情が氾濫した。たっぷりと反省させ、そして終わりのない罰を与えたい。
……誰かの影響なのか、もともと僕もそういう気質があったのか、物騒な考えをするようになったものだ。
「君が弾き語りをしてくれて本当に助かったよ。もし君がいなかったら、計画が失敗するところだった。ありがとう」
「覚悟をして今日の為に準備をしていたみたいですけど、遅れないようにもっと早くから来ていても良かったんじゃないですか。それほど大事なことがあるとは思えませんよ」
ピエロの纏っている雰囲気が、急に変わった。冷たい空気になり、何故か息が上手く
できなくなる。
「その友達が自殺未遂してね。病院に行っていたんだ」
ピエロが初めて、弱ったような掠れた声を出した。
重い言葉が、僕の胸の中にもどしんと沈む。大丈夫なんですか? そう訊こうと思ったのに、僕の口から出て来たの別のものだった。
「……その人のことが好きだったんですか?」
質問を受け、ピエロはしばし黙り込んだ。そして、遠くを歩く、風船を持った少女の方を向き、「大切な友人だよ」とこぼした。
「誰よりも大切な友人なんだ」
噛みしめるようにそう言って、君にはいないかい? と目を向けられる。わかるかな、まだわからないかな、と表情が語っている。僕は、放って置けない友人のことを思いながら、小さく頷いた。
ピエロが視線を戻し、僕のことをじっと見つめてくる。
真相を知ったけど、どうする? と視線で訊ねてきているようだった。
おそらく、僕が警察に行けと言えば素直に自首するだろう。
彼のような目を僕は知っている。
他人が決めた価値観に縛られないで、自分のルールで生きている人間の目だ。正しいのか間違っているのか、良い奴なのか、悪い奴なのかわからない。
「ところで、なんでゾンビ?」
「ああ、それはぼくのアイデアじゃないんだ。計画を考えたり証拠集めをしてくれたのは別の人がいてね」
このアイデアを思いついたのは、きっと彼だろう。弱いものいじめを許さず、容赦がない、彼らしいやり口だと思った。
だけど、僕に説明がなかったことに寂しさも覚えた。
わかっているが、質問をぶつける。
「森巣良ですね」
「お金を脅し取るっていうのは、感心できませんよ」
友達が被害者になり、仕返しがてら金儲けをするのは正しい道ではない。金儲けの口実が欲しかっただけではないか。
「やられたことをやり返してやりたかったんだよね。逆らえない相手に法外な値段を請求される気持ちを味わってもらいたかたんだ」
「で、あなたは百万円で何を買うんですか? それとも貯金ですか?」
僕が軽蔑していることを察してか、ピエロが「あー」と納得するように漏らした。
「実はランドセルを買ってる」
「ランドセル?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。
「勿論、ぼくが使うんじゃないよ。最近『虎のマスク』って名乗ってるんだけど、わかる?」
虎のマスク、と口にして見て、はっとする。小此木さんが見つけた、良いニュースの方だ。
「あのランドセルですか? 施設に送ってるっていう」
「正解」
ピエロだったり、虎のマスクだったり、この人の本当の顔はなんなのだろうか。
「ぼくはお金の為にやってるんじゃない。さっきも言ったけど、これは僕の憂さ晴らしの自己満足なんだ。許したフリをして自分の感情を誤魔化して生きたら、ぼくの人生はぼくの人生じゃなくなる。自分は何もしなかったんだ、そんな後悔をしながら生きるなんて、死んだのと同じだ。だから、ぼく自身が生きる為にやったんだ」
人を騙したお金で買ったものを寄付されたくない、という他人の気持ちも彼は気に留めていないのだろう。自己満足だから、と。
「それで、もう満足しましたか?」
呆れつつ質問をすると、ピエロは首を横に振りながらポケットからスマートフォンを取り出した。
「まだ。これが最後のカードだ」
ピエロがそう言って、大袈裟にスマートンフォンの画面をタップした。
「今、ゾンビがしてきたことを告発する情報をネットに流した。言わない約束じゃないかって思われるだろうけど、こっちはもともと筋を通すつもりなんてないからね。ぼくは別に良い人じゃないし」
そんな、約束が違うじゃないか、と驚いたが、不思議と責める気にはならなかった。
最後まで悪びれない表情が、罪悪感を抱くなら最初からしないと語っている。
ゾンビは自分のしてきたことが晒された。ゾンビが調べられたら芋づる式に他の仲間も逮捕されるだろうし、他人の人格を踏みにじった下衆というレッテルを貼られて、生きて行くことになる。
もし、自分がピエロの立場だったらどうするだろうか。妹の静海や小此木さんが同じ目に遭い、警察が何もしてくれなかったら? そう考えると、胸の中に黒くてどろりとした感情が氾濫した。たっぷりと反省させ、そして終わりのない罰を与えたい。
……誰かの影響なのか、もともと僕もそういう気質があったのか、物騒な考えをするようになったものだ。
「君が弾き語りをしてくれて本当に助かったよ。もし君がいなかったら、計画が失敗するところだった。ありがとう」
「覚悟をして今日の為に準備をしていたみたいですけど、遅れないようにもっと早くから来ていても良かったんじゃないですか。それほど大事なことがあるとは思えませんよ」
ピエロの纏っている雰囲気が、急に変わった。冷たい空気になり、何故か息が上手く
できなくなる。
「その友達が自殺未遂してね。病院に行っていたんだ」
ピエロが初めて、弱ったような掠れた声を出した。
重い言葉が、僕の胸の中にもどしんと沈む。大丈夫なんですか? そう訊こうと思ったのに、僕の口から出て来たの別のものだった。
「……その人のことが好きだったんですか?」
質問を受け、ピエロはしばし黙り込んだ。そして、遠くを歩く、風船を持った少女の方を向き、「大切な友人だよ」とこぼした。
「誰よりも大切な友人なんだ」
噛みしめるようにそう言って、君にはいないかい? と目を向けられる。わかるかな、まだわからないかな、と表情が語っている。僕は、放って置けない友人のことを思いながら、小さく頷いた。
ピエロが視線を戻し、僕のことをじっと見つめてくる。
真相を知ったけど、どうする? と視線で訊ねてきているようだった。
おそらく、僕が警察に行けと言えば素直に自首するだろう。
彼のような目を僕は知っている。
他人が決めた価値観に縛られないで、自分のルールで生きている人間の目だ。正しいのか間違っているのか、良い奴なのか、悪い奴なのかわからない。
「ところで、なんでゾンビ?」
「ああ、それはぼくのアイデアじゃないんだ。計画を考えたり証拠集めをしてくれたのは別の人がいてね」
このアイデアを思いついたのは、きっと彼だろう。弱いものいじめを許さず、容赦がない、彼らしいやり口だと思った。
だけど、僕に説明がなかったことに寂しさも覚えた。
わかっているが、質問をぶつける。
「森巣良ですね」