秘密にしてね
文字数 2,079文字
7
膝の上のボディバッグに入っているものが、お金ではなく爆弾に思えてきた。今にもドカンと爆発するのではないか、と気が気ではない。
「交番に行きましょう」
僕にはどうしようもできないし、それが手持ちの駒で唯一指せる手である。僕は今更弱気になってそう思ったのだが、小此木さんは力強く首を横に振った。
「まだ早いよ。考えてから決めよう」
「まさか警察が嫌とか、森巣みたいなこと言わないですよね?」
過去に何があったのかは知らないけど、森巣は警察を毛嫌いしている。平和を守ってくれている正義の味方と言うよりも、嫌いな奴を刑務所に入れてくれる都合の良い奴ら、くらいにしか思っていないようだった。事件の真相を知って警察に通報しないこともあるし、逆に警察に知られたらまずいこともしている。
森巣の行動は、間違っていないようにも思えるけど、百パーセント正しいことをしているとも思えない。無茶なことをするので、危なっかしくて冷や冷やしてしまう。
森巣はしょうがないとしても、生徒の見本であるべき生徒会長の小此木さんは、常識的な振る舞いを取らなければだめでしょうに、と少し呆れてしまう。
「犯罪に巻き込まれているなら頼るべきは警察ですって。きっとなんとかしてくれますよ」
「警察って言ってもね、映画みたいに傷だらけで血まみれになりながらガラスの上を裸足で歩いて強盗をやっつけたり、子供の為に最後の一秒まで爆弾処理に挑む熱心な人ばっかりじゃないの。気を配っていたのですが申し訳ありませんとかって言って、はいお終いさようならってこともある」
森巣みたいに、映画の例えを言っている。思えば、小此木さんは僕より森巣との付き合いが長い。その分だけ毒されている部分があるのかもしれないし、もともと考えが似ているのかもしれない。生徒会長も一筋縄ではいかないなあ、と眉根に皺が寄る。
子供の頃に母親の恋人から酷い目に合ったという話を教えてもらったことも思い出す。それが関係しているのかもしれない。
「やる気を漲らせた、熱血警察官もいるかもしれませんよ」
「やる気が空回ることだってあるよ」
小此木さんは頑なだった。
「何も、警察に絶対行くなと言っているわけじゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。一般人、ましてや高校生の手に負えないこともあるんだから」
「じゃあ今行かない理由はなんですか?」
「わたしたちが警察に行った後、平くんに会いに戻って来たらどうする?」
「誰がですか?」
「ゾンビでもいいし、あの三人組でもいい。それで、『おい、さっきの百万円を返せよ』って言って来たらどうする?」
「そりゃ、警察に渡したからもうないですって言いますよ」
「不安にさせるようで申し訳ないけど、それが通用する相手ばっかりじゃないかもよ。お前の都合なんて知らない、いいから返せって詰め寄られるかもしれない」
「理不尽な」
「話の通じない相手はいるんだよ」
言葉が釣り針のように飛んできて、記憶の海から嫌な思い出を引っ張り上げる。
小学三年生の時の話だ。車椅子に乗る妹にわざとぶつかってきて、「座って運ばれて、優雅なもんだな」と絡んできた男がいた。僕が謝罪を求めると、胸ぐらを掴んで唾を飛ばしながら何かを喚いていた。
世の中には一方的な理屈を押し付け、力で脅し、自分の思い通りにしようとする輩もいる。が、同時に静海が車椅子でタックルをしたことや、駅員が止めに来たこと、母親が僕らを褒めたことも思い出し、苦笑する。
理不尽はある。だけど、立ち向かうことをやめてはいけない。
「警察に行くのは、何が起きてるのか自分なりに考えてからにしよう。考えるのを放棄するのは何より危険よ」
「わかりました、考えましょう」
戦う決意をして頷くと、小此木さんが不敵に笑って手を叩いた。
「考えない、納得しない、そういうの性に合わないのよね」
意外とこの人も血の気が多いんんだな、やはり森巣と仲が良いだけのことはある。
「あっそうだ、封筒の中身はお金だけだったの?」
「ええ」と答えつつ、人前で札束を出すのは憚られたし、ぱらっと確認した程度だから、ちゃんと枚数も確認していなかったな、と思い出す。「一応、見てみますか」とボディバックを開けて、茶封筒を取り出す。
周囲を確認してから中を覗き、右手を入れた。
一枚ずつ捲って何か挟まっていないか、本当に百枚あるかを調べてみる。感触は本物だし、新聞紙で数を誤魔化されていることもない。
「何か入ってる? 鍵とか発信機とか」
「いや、やっぱり、そういうのはなさそうですよ」
そう言って数えていたら、指が百一枚目の紙に触れた。てっきり、百万円だと思っていたので、袋の中を覗き込む。
一番後ろに、白い紙が混ざっていた。指で挟み、するりと抜き出す。
怪訝に思いながら確認すると、紙にはプリントアウトされた文字が整然と並んでいた。
『何卒、内密によろしくお願い致します』
膝の上のボディバッグに入っているものが、お金ではなく爆弾に思えてきた。今にもドカンと爆発するのではないか、と気が気ではない。
「交番に行きましょう」
僕にはどうしようもできないし、それが手持ちの駒で唯一指せる手である。僕は今更弱気になってそう思ったのだが、小此木さんは力強く首を横に振った。
「まだ早いよ。考えてから決めよう」
「まさか警察が嫌とか、森巣みたいなこと言わないですよね?」
過去に何があったのかは知らないけど、森巣は警察を毛嫌いしている。平和を守ってくれている正義の味方と言うよりも、嫌いな奴を刑務所に入れてくれる都合の良い奴ら、くらいにしか思っていないようだった。事件の真相を知って警察に通報しないこともあるし、逆に警察に知られたらまずいこともしている。
森巣の行動は、間違っていないようにも思えるけど、百パーセント正しいことをしているとも思えない。無茶なことをするので、危なっかしくて冷や冷やしてしまう。
森巣はしょうがないとしても、生徒の見本であるべき生徒会長の小此木さんは、常識的な振る舞いを取らなければだめでしょうに、と少し呆れてしまう。
「犯罪に巻き込まれているなら頼るべきは警察ですって。きっとなんとかしてくれますよ」
「警察って言ってもね、映画みたいに傷だらけで血まみれになりながらガラスの上を裸足で歩いて強盗をやっつけたり、子供の為に最後の一秒まで爆弾処理に挑む熱心な人ばっかりじゃないの。気を配っていたのですが申し訳ありませんとかって言って、はいお終いさようならってこともある」
森巣みたいに、映画の例えを言っている。思えば、小此木さんは僕より森巣との付き合いが長い。その分だけ毒されている部分があるのかもしれないし、もともと考えが似ているのかもしれない。生徒会長も一筋縄ではいかないなあ、と眉根に皺が寄る。
子供の頃に母親の恋人から酷い目に合ったという話を教えてもらったことも思い出す。それが関係しているのかもしれない。
「やる気を漲らせた、熱血警察官もいるかもしれませんよ」
「やる気が空回ることだってあるよ」
小此木さんは頑なだった。
「何も、警察に絶対行くなと言っているわけじゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。一般人、ましてや高校生の手に負えないこともあるんだから」
「じゃあ今行かない理由はなんですか?」
「わたしたちが警察に行った後、平くんに会いに戻って来たらどうする?」
「誰がですか?」
「ゾンビでもいいし、あの三人組でもいい。それで、『おい、さっきの百万円を返せよ』って言って来たらどうする?」
「そりゃ、警察に渡したからもうないですって言いますよ」
「不安にさせるようで申し訳ないけど、それが通用する相手ばっかりじゃないかもよ。お前の都合なんて知らない、いいから返せって詰め寄られるかもしれない」
「理不尽な」
「話の通じない相手はいるんだよ」
言葉が釣り針のように飛んできて、記憶の海から嫌な思い出を引っ張り上げる。
小学三年生の時の話だ。車椅子に乗る妹にわざとぶつかってきて、「座って運ばれて、優雅なもんだな」と絡んできた男がいた。僕が謝罪を求めると、胸ぐらを掴んで唾を飛ばしながら何かを喚いていた。
世の中には一方的な理屈を押し付け、力で脅し、自分の思い通りにしようとする輩もいる。が、同時に静海が車椅子でタックルをしたことや、駅員が止めに来たこと、母親が僕らを褒めたことも思い出し、苦笑する。
理不尽はある。だけど、立ち向かうことをやめてはいけない。
「警察に行くのは、何が起きてるのか自分なりに考えてからにしよう。考えるのを放棄するのは何より危険よ」
「わかりました、考えましょう」
戦う決意をして頷くと、小此木さんが不敵に笑って手を叩いた。
「考えない、納得しない、そういうの性に合わないのよね」
意外とこの人も血の気が多いんんだな、やはり森巣と仲が良いだけのことはある。
「あっそうだ、封筒の中身はお金だけだったの?」
「ええ」と答えつつ、人前で札束を出すのは憚られたし、ぱらっと確認した程度だから、ちゃんと枚数も確認していなかったな、と思い出す。「一応、見てみますか」とボディバックを開けて、茶封筒を取り出す。
周囲を確認してから中を覗き、右手を入れた。
一枚ずつ捲って何か挟まっていないか、本当に百枚あるかを調べてみる。感触は本物だし、新聞紙で数を誤魔化されていることもない。
「何か入ってる? 鍵とか発信機とか」
「いや、やっぱり、そういうのはなさそうですよ」
そう言って数えていたら、指が百一枚目の紙に触れた。てっきり、百万円だと思っていたので、袋の中を覗き込む。
一番後ろに、白い紙が混ざっていた。指で挟み、するりと抜き出す。
怪訝に思いながら確認すると、紙にはプリントアウトされた文字が整然と並んでいた。
『何卒、内密によろしくお願い致します』