ショーの真相
文字数 3,334文字
13
「ゾディアックに似てるマークがあるから、強盗ヤギにとって意味のあるものだとわかり、文字列も暗号なんじゃないかとわかった。そして、解読したら次に襲う店のヒントになっていることがわかった。更に、暗号には二十七歳で死んだミュージシャンが登場していることもわかった。けどな、それは一旦全部忘れろ」
「忘れる?」
「事件の真相は、俺が昨日見たものとお前が昨日見たもので、全てがわかるぞ。エド・サリヴァン・ショーをやった甲斐があったな。俺はあれで確かめたいことが二つあったんだ」
森巣が右手の親指と人差し指を立て、僕に向けた。指先から圧を感じ、眉をひそめる。
「一つ目は、銃口だ。近くで中を覗きたかった」
確かに歌って調子になった森巣は、強盗ヤギに銃を突きつけられていた。
「銃口を? 何のために」
「本物か確かめるためだ。モデルガンは悪用されないように、銃口の中にインサートっていう金属の板が埋め込まれていて、無理に外そうとすると壊れる。インサートは削ってどうにかしたみたいだが、バリが残っていた。それに、本物だったら銃身の内側にライフリングという螺旋状の溝があるはずなのに、それもなかった」
「よく、あの状況でそれを確認できたね」
「昔、訓練をしたことがある」
「銃が本物だったら、とは思わなかったのか?」
「平の歌があるから大丈夫だと信じてたんだよ」
森巣がさらりとした口調で言った。どこまで冗談で言っているのか、判断しかねる。嬉しいけど、過信されるのは困る。
「あとは、昨夜お前から届いたメールで、俺は何が起こっていたのかわかった」
「慰めはいいよ。別に役には立たなかっただろ。実際、森巣が歌ってる間、特におかしなことをしている人はいなかったよ。あの女の人が撮影していたことだって、気付かなかったわけだし」
「いいや、平はちゃんと見ていたよ。俺に銃が向けられて、もしかしたら死ぬかもしれない中、店内を見てくれた」
「ああ、もうあんな無茶なことはやめてもらいたい」
「約束はできない」
たかが体を張るだけだ、と言わんばかりのあっさりとした口調だった。
「で、何がわかったの?」
「何故オーナーはお前と目が合ったんだろうな? あの場は一触即発だったんだぞ」
指摘され、はっとした。昨日覚えた違和感の正体はこれだ。
強盗犯が客に銃を向け、今にも発砲するのではないか、と剣呑な空気になっている中で、オーナーはどうして視線を外していたのか。
「ですよね? オーナー!」
森巣が店全体を震わせるくらいの大声を出し、首を傾ける。
びっくりしつつ視線を写すと、カウンターの奥で棒立ちになっていたオーナーも体をびくっと震わせた。動揺しているのか、視線を泳がせている。
頭の中で、電気回路が繋がるみたいに、思考が繋がっていくのを感じる。
オーナーは、モデルガンだと知っていた。だから、周りに気を配れたのではないか。女性客にも視線を送っていたから、撮影されているのも知っていたのかもしれない。
「強盗ヤギが注目されているのに、『動画を撮るな』とアナウンスしない理由も謎だろ? つまり--」
そのことから導き出せる答えは一つだ。
「みんなグルなんだよ」
ゆっくりと体を捻り、どうなんですか、と訊ねるようにオーナーを見つめる。
オーナーは表情を曇らせ、代わりに答えてくれる誰かを待っているみたいに沈黙している。それはもはや、「はい」と言っているのと同じだった。
「強盗ヤギは、経営難の個人店に声をかけて、偽装強盗の舞台にすることを協力してもらっていたのかもな。知っているか? 襲われた店はどこも客の入りが増えているらしいぞ」
「つまり、宣伝が目的の安全な強盗だったってこと?」
思い返せば、確かにどの動画でも店の料理が絶妙な角度で映っていたし、動画を見た牧野は、腹が減ったとかあの店に行こう、と言っていた。
サブリミナルと言えば大げさだけど、コマーシャルにもなっていたのだろう。それに、暗号だ。暗号があるから動画を見たいと思う人は増えただろうし、実際に店に多くの人がってるという話も聞いた。
強盗ヤギは、新しい広告の方法ですよ、といくらかお金をもらって、あのパフォーマンスをしていたのか。テレビでCMを流してもらうよりも、ずっと安上がりで、効果も出たかもしれない。
なるほど、だとするとよく考えられた広告だな、と感心してしまうそうになる。
「お前は今、強盗ヤギたちが店の救世主に思えてるんじゃないのか?」
「救世主だなんて思ってないけど、随分凝ってるな、とは」
「この事件はこれで終わりじゃない。そこから先を知る覚悟はあるか?」
知らなければ、ユニークな強盗グループがいた、という話になる。
森巣に試されている。知らなければよかった、と思うことになるかもしれない。だけど、僕の困っている人を放って置いてはいけない精神が疼いた。今の教室は、困っている人をみんなが鑑賞している。人の不幸を楽しむ風潮、それを放って置くのが許せなかった。
首肯する。
「昨日、この店ではショーが行われてたんだよ」
「ショー? 僕らは人質じゃなくて観客だったって言うのか?」
「いいや、俺たちはエキストラだ。観客は」
森巣はそう言うと、スマートフォンを僕に向けた。
「動画を見る連中だ」
画面の中央にある再生ボタンを押され、昨日の強盗ヤギの事件映像、ではなく、まず広告が流れ出した。
「狙いはこれだ。一回再生されるごとに、約〇.一円の広告収入が発生する」
「広告収入?」
「今朝投稿された動画の再生回数はもうすぐ三百万超えだ。一日経ってないのに、三十万円になる。これからまだまだ伸びるだろうな。事件が起きれば、相乗効果でこのチャンネルが前に投稿した動画の再生数も伸びる。犯罪を扇動する内容ではないし、生々しい暴力があるわけじゃないから、規約で削除されることもない」
「ちょっと待ってくれ。つまり、動画再生で稼ぐ為に、事件を起こしていたってこと!?」
店の宣伝の為ではなかったのか? と驚いて声をあげる。そんな僕を冷静に見つめ、森巣が右手の指を一本ずつ立てながら説明を続けた。
「最初の動画が公開されて話題になり、三本目の動画にマークが写り込んでいた。それは、ゾディアックという連続殺人犯が使っているマークに似ているとわかった。そして暗号が騒ぎになり、それが解読され、次の店の予告と文章だとわかった。次に、二十七歳で死んだミュージシャンが主語になっていたと気付く奴が現れる。今度は、その意味が何か? とみんなが気になる。難し過ぎると、ネットの素人探偵は活躍できないから、難易度は低かったんだろう。興味関心が薄れないよう、餌を定期的に撒まれ、平は、まんまと向こうの思惑通りに、食いついたってわけだ」
森巣は言葉をそこで一旦止めた。まるで、僕に考えるよう、促すような間だった。
「暗号文に意味なんてなくて、ただの客寄せだったのか。森巣はどうしてわかったの?」
「何事も重要なのは結果だ。結果から考えればわかる」
「結果、ねぇ」
「世間から注目されているのに続いているのは不自然だ。だから、あいつらが本気で強盗するつもりなのか気になった。撮影されていないか気にしてないのも妙だしな」
「確かに、動画が目立つのは、強盗ヤギにとってメリットがないよね」
「次に、動画に広告が邪魔だったから違和感を覚えた。なんでこいつは儲けてるんだ? ってな。被害者が自己顕示欲を満たしたいなら自分のSNSで発信すればいいのに、投稿サイトの同じチャンネルに売ってるのも気になった。だから、これは本当の事件が起きてるのか、と疑いを持った。それを確かめる為に、昨日銃が本物か知りたかったんだ」
大胆で狡猾、犯罪をショーにし、人知れず金を儲けている奴らがいる。動画を再生するみんなが共犯者ではないか、と自分の立っている場所がどんどんなくなっていくような、不安な気持ちになる。
「さて、オーナー、ここからが本題だ」
「ゾディアックに似てるマークがあるから、強盗ヤギにとって意味のあるものだとわかり、文字列も暗号なんじゃないかとわかった。そして、解読したら次に襲う店のヒントになっていることがわかった。更に、暗号には二十七歳で死んだミュージシャンが登場していることもわかった。けどな、それは一旦全部忘れろ」
「忘れる?」
「事件の真相は、俺が昨日見たものとお前が昨日見たもので、全てがわかるぞ。エド・サリヴァン・ショーをやった甲斐があったな。俺はあれで確かめたいことが二つあったんだ」
森巣が右手の親指と人差し指を立て、僕に向けた。指先から圧を感じ、眉をひそめる。
「一つ目は、銃口だ。近くで中を覗きたかった」
確かに歌って調子になった森巣は、強盗ヤギに銃を突きつけられていた。
「銃口を? 何のために」
「本物か確かめるためだ。モデルガンは悪用されないように、銃口の中にインサートっていう金属の板が埋め込まれていて、無理に外そうとすると壊れる。インサートは削ってどうにかしたみたいだが、バリが残っていた。それに、本物だったら銃身の内側にライフリングという螺旋状の溝があるはずなのに、それもなかった」
「よく、あの状況でそれを確認できたね」
「昔、訓練をしたことがある」
「銃が本物だったら、とは思わなかったのか?」
「平の歌があるから大丈夫だと信じてたんだよ」
森巣がさらりとした口調で言った。どこまで冗談で言っているのか、判断しかねる。嬉しいけど、過信されるのは困る。
「あとは、昨夜お前から届いたメールで、俺は何が起こっていたのかわかった」
「慰めはいいよ。別に役には立たなかっただろ。実際、森巣が歌ってる間、特におかしなことをしている人はいなかったよ。あの女の人が撮影していたことだって、気付かなかったわけだし」
「いいや、平はちゃんと見ていたよ。俺に銃が向けられて、もしかしたら死ぬかもしれない中、店内を見てくれた」
「ああ、もうあんな無茶なことはやめてもらいたい」
「約束はできない」
たかが体を張るだけだ、と言わんばかりのあっさりとした口調だった。
「で、何がわかったの?」
「何故オーナーはお前と目が合ったんだろうな? あの場は一触即発だったんだぞ」
指摘され、はっとした。昨日覚えた違和感の正体はこれだ。
強盗犯が客に銃を向け、今にも発砲するのではないか、と剣呑な空気になっている中で、オーナーはどうして視線を外していたのか。
「ですよね? オーナー!」
森巣が店全体を震わせるくらいの大声を出し、首を傾ける。
びっくりしつつ視線を写すと、カウンターの奥で棒立ちになっていたオーナーも体をびくっと震わせた。動揺しているのか、視線を泳がせている。
頭の中で、電気回路が繋がるみたいに、思考が繋がっていくのを感じる。
オーナーは、モデルガンだと知っていた。だから、周りに気を配れたのではないか。女性客にも視線を送っていたから、撮影されているのも知っていたのかもしれない。
「強盗ヤギが注目されているのに、『動画を撮るな』とアナウンスしない理由も謎だろ? つまり--」
そのことから導き出せる答えは一つだ。
「みんなグルなんだよ」
ゆっくりと体を捻り、どうなんですか、と訊ねるようにオーナーを見つめる。
オーナーは表情を曇らせ、代わりに答えてくれる誰かを待っているみたいに沈黙している。それはもはや、「はい」と言っているのと同じだった。
「強盗ヤギは、経営難の個人店に声をかけて、偽装強盗の舞台にすることを協力してもらっていたのかもな。知っているか? 襲われた店はどこも客の入りが増えているらしいぞ」
「つまり、宣伝が目的の安全な強盗だったってこと?」
思い返せば、確かにどの動画でも店の料理が絶妙な角度で映っていたし、動画を見た牧野は、腹が減ったとかあの店に行こう、と言っていた。
サブリミナルと言えば大げさだけど、コマーシャルにもなっていたのだろう。それに、暗号だ。暗号があるから動画を見たいと思う人は増えただろうし、実際に店に多くの人がってるという話も聞いた。
強盗ヤギは、新しい広告の方法ですよ、といくらかお金をもらって、あのパフォーマンスをしていたのか。テレビでCMを流してもらうよりも、ずっと安上がりで、効果も出たかもしれない。
なるほど、だとするとよく考えられた広告だな、と感心してしまうそうになる。
「お前は今、強盗ヤギたちが店の救世主に思えてるんじゃないのか?」
「救世主だなんて思ってないけど、随分凝ってるな、とは」
「この事件はこれで終わりじゃない。そこから先を知る覚悟はあるか?」
知らなければ、ユニークな強盗グループがいた、という話になる。
森巣に試されている。知らなければよかった、と思うことになるかもしれない。だけど、僕の困っている人を放って置いてはいけない精神が疼いた。今の教室は、困っている人をみんなが鑑賞している。人の不幸を楽しむ風潮、それを放って置くのが許せなかった。
首肯する。
「昨日、この店ではショーが行われてたんだよ」
「ショー? 僕らは人質じゃなくて観客だったって言うのか?」
「いいや、俺たちはエキストラだ。観客は」
森巣はそう言うと、スマートフォンを僕に向けた。
「動画を見る連中だ」
画面の中央にある再生ボタンを押され、昨日の強盗ヤギの事件映像、ではなく、まず広告が流れ出した。
「狙いはこれだ。一回再生されるごとに、約〇.一円の広告収入が発生する」
「広告収入?」
「今朝投稿された動画の再生回数はもうすぐ三百万超えだ。一日経ってないのに、三十万円になる。これからまだまだ伸びるだろうな。事件が起きれば、相乗効果でこのチャンネルが前に投稿した動画の再生数も伸びる。犯罪を扇動する内容ではないし、生々しい暴力があるわけじゃないから、規約で削除されることもない」
「ちょっと待ってくれ。つまり、動画再生で稼ぐ為に、事件を起こしていたってこと!?」
店の宣伝の為ではなかったのか? と驚いて声をあげる。そんな僕を冷静に見つめ、森巣が右手の指を一本ずつ立てながら説明を続けた。
「最初の動画が公開されて話題になり、三本目の動画にマークが写り込んでいた。それは、ゾディアックという連続殺人犯が使っているマークに似ているとわかった。そして暗号が騒ぎになり、それが解読され、次の店の予告と文章だとわかった。次に、二十七歳で死んだミュージシャンが主語になっていたと気付く奴が現れる。今度は、その意味が何か? とみんなが気になる。難し過ぎると、ネットの素人探偵は活躍できないから、難易度は低かったんだろう。興味関心が薄れないよう、餌を定期的に撒まれ、平は、まんまと向こうの思惑通りに、食いついたってわけだ」
森巣は言葉をそこで一旦止めた。まるで、僕に考えるよう、促すような間だった。
「暗号文に意味なんてなくて、ただの客寄せだったのか。森巣はどうしてわかったの?」
「何事も重要なのは結果だ。結果から考えればわかる」
「結果、ねぇ」
「世間から注目されているのに続いているのは不自然だ。だから、あいつらが本気で強盗するつもりなのか気になった。撮影されていないか気にしてないのも妙だしな」
「確かに、動画が目立つのは、強盗ヤギにとってメリットがないよね」
「次に、動画に広告が邪魔だったから違和感を覚えた。なんでこいつは儲けてるんだ? ってな。被害者が自己顕示欲を満たしたいなら自分のSNSで発信すればいいのに、投稿サイトの同じチャンネルに売ってるのも気になった。だから、これは本当の事件が起きてるのか、と疑いを持った。それを確かめる為に、昨日銃が本物か知りたかったんだ」
大胆で狡猾、犯罪をショーにし、人知れず金を儲けている奴らがいる。動画を再生するみんなが共犯者ではないか、と自分の立っている場所がどんどんなくなっていくような、不安な気持ちになる。
「さて、オーナー、ここからが本題だ」