殴られたことはあるか?

文字数 526文字

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「殴られたことはあるか?」

 十六年間の人生を回想しながら、僕は答える。

「ない」

 父親から殴られたことはないし、母親は大らかだから僕を打ってしつけをしたことがない。先生から体罰を受けたことだってない。

 他人の心の痛みには気を配ってきたが、自分の肉体の痛みは知らない人生を送ってきた。

「まずは痛みを知っておけ」

 そう言われ、右の頬を殴られた。閃光が弾ける。口の中が切れ、鉄に似たしょっぱい血の味が広がった。

「今日、自分が死ぬかもしれないと思うんだ」

 僕はこれからここで、他人の家で、悪魔のような鋭い目をした同級生に殺されるのか?

 一体どうしてこうなってしまったのか。僕はただ、困っている人の為にペット探しをしようと思っていただけなのに、それがクビキリの調査になり、こうして危険な目に遭っている。いつの間にか隣にすっと死が現れて肩を並べていた。僕はすぐ側に死の存在を意識し、混乱しながら言葉を掴んで投げる。

「……は、悪い奴なのか?」

 口の中が切れているから、呂律が回らず、ちゃんと喋れない。
 下らない質問を聞いた、と言わんばかりに鼻で笑われた。

 森巣、君は、良い奴なのか? 悪い奴なのか?
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