あと百万
文字数 1,448文字
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駅前広場に並ぶベンチの一つに座り、呆然とする。
そっと膝の上のボディバックを開いてみると、中には、財布とハンカチ、そして膨らんだ茶封筒が入っていた。そっと手を入れてみると、独特な紙のざらつきを感じる。
まいったなあ、どうしよう、と目を揉んでいると、とんとんっと肩を叩かれた。
びくんと体が跳ね上がる。
「わっ、びっくりしたー」
それはこっちの台詞だ。視線を向けると、大人っぽい紺色のシャツワンピースを着て、黒のトートバッグを肩にかけた小此木さんが怪訝な顔で立っていた。
「小此木さぁん」と我ながらとても情けない声が漏れる。
「あー、まあ初めての弾き語りだったんだから、仕方ないんじゃないかな」
小此木さんが柔らかい笑みを浮かべ、僕の隣に腰掛けた。
「十分前にはちゃんと着く予定だったんだけど、想定外のことって起こるものね。ごめんね、約束したのに間に合わなくて」
「ああ、いえ」
日曜に弾き語りをすると伝えると、小此木さんは「応援に行くよ」と言ってくれていた。三時になっても現れなかったけど、その理由はちゃんと連絡をしてくれたし、駅からアナウンスも聞こえたので知っている。電車の信号機で故障があったらしい。
「最初は思った通りにいかないもんじゃない? 野次を言われたり、何か投げられたりしたかもしれないけど、そういうのは早く忘れた方がいいよ」
「いや別に何も投げられてませんよ。滞りなく、終わりましたさい。女の子が五円玉をギターケースに入れてくれたりして嬉しかったんですけど」
「すごいじゃない! 初めての演奏でお金をもらうなんて、なかなかないことだと思うよ」
確かにその通りで、投げ銭をしてもらえたことはとても嬉しかった。この界隈には大道芸人の多いので、あの子もきっとその文化を知っていて、応援してくれたのだろう。とても心強かったし、五円、ご縁と思って頬が緩んだ。
だけど、問題はこの後だ。
「でも、それだけじゃないんですよ。終わりの挨拶をしたら、離れたところでじっと僕のことを見ていた男の人が近づいてきて、封筒をギターケースの中に入れたんです」
「おお、今度はファンレター?」
「終わってから封筒の中を見たら、札束でした。多分百万円です」
「百万円かぁ、ほー、それはすごいねぇ」
つまらない冗談だと思ったのだろう。小此木さんが困惑しつつも、慰めの笑みを浮かべている。じっと見つめていると、それで、その話のオチは? と促すように小首を傾げた。
ボディバッグのファスナーを開け、茶封筒を取り出す。周囲を確認してから、そっと小此木さんに差し出した。怪訝な表情を浮かべつつ、小此木さんが茶封筒の中を覗き込む。
そして、すぐに顔を上げた。
ぱっちり二重の目が、かっと見開かれている。大きな瞳は揺れ、頬を引き攣らせていた。
「冗談でしょ?」
「ジョークグッズかも、と思って何枚か抜き出して確認してみたんですけど、すかしも入ってましたし、ホログラムもありました。だから、多分」
「本物?」
頷き、「来てくれて本当に助かりました。これ、どうすればいいと思います? ずっと一人で悩んでたんですよ」と訊ねる。
小此木さんが茶封筒をしげしげと見つめてから、僕の手を取り、強く握った。どきりとしつつ顔を見ると、小此木さんがなんだか熱のこもった表情を浮かべていた。
「ねえ、もう一回演奏してあと百万稼がない?」
「いやいや」
「マネージャーをやってあげるよ」
「いやいや」
「取り分は半々でいいからさ」
「いやいや」
半々は持って行きすぎでは?
駅前広場に並ぶベンチの一つに座り、呆然とする。
そっと膝の上のボディバックを開いてみると、中には、財布とハンカチ、そして膨らんだ茶封筒が入っていた。そっと手を入れてみると、独特な紙のざらつきを感じる。
まいったなあ、どうしよう、と目を揉んでいると、とんとんっと肩を叩かれた。
びくんと体が跳ね上がる。
「わっ、びっくりしたー」
それはこっちの台詞だ。視線を向けると、大人っぽい紺色のシャツワンピースを着て、黒のトートバッグを肩にかけた小此木さんが怪訝な顔で立っていた。
「小此木さぁん」と我ながらとても情けない声が漏れる。
「あー、まあ初めての弾き語りだったんだから、仕方ないんじゃないかな」
小此木さんが柔らかい笑みを浮かべ、僕の隣に腰掛けた。
「十分前にはちゃんと着く予定だったんだけど、想定外のことって起こるものね。ごめんね、約束したのに間に合わなくて」
「ああ、いえ」
日曜に弾き語りをすると伝えると、小此木さんは「応援に行くよ」と言ってくれていた。三時になっても現れなかったけど、その理由はちゃんと連絡をしてくれたし、駅からアナウンスも聞こえたので知っている。電車の信号機で故障があったらしい。
「最初は思った通りにいかないもんじゃない? 野次を言われたり、何か投げられたりしたかもしれないけど、そういうのは早く忘れた方がいいよ」
「いや別に何も投げられてませんよ。滞りなく、終わりましたさい。女の子が五円玉をギターケースに入れてくれたりして嬉しかったんですけど」
「すごいじゃない! 初めての演奏でお金をもらうなんて、なかなかないことだと思うよ」
確かにその通りで、投げ銭をしてもらえたことはとても嬉しかった。この界隈には大道芸人の多いので、あの子もきっとその文化を知っていて、応援してくれたのだろう。とても心強かったし、五円、ご縁と思って頬が緩んだ。
だけど、問題はこの後だ。
「でも、それだけじゃないんですよ。終わりの挨拶をしたら、離れたところでじっと僕のことを見ていた男の人が近づいてきて、封筒をギターケースの中に入れたんです」
「おお、今度はファンレター?」
「終わってから封筒の中を見たら、札束でした。多分百万円です」
「百万円かぁ、ほー、それはすごいねぇ」
つまらない冗談だと思ったのだろう。小此木さんが困惑しつつも、慰めの笑みを浮かべている。じっと見つめていると、それで、その話のオチは? と促すように小首を傾げた。
ボディバッグのファスナーを開け、茶封筒を取り出す。周囲を確認してから、そっと小此木さんに差し出した。怪訝な表情を浮かべつつ、小此木さんが茶封筒の中を覗き込む。
そして、すぐに顔を上げた。
ぱっちり二重の目が、かっと見開かれている。大きな瞳は揺れ、頬を引き攣らせていた。
「冗談でしょ?」
「ジョークグッズかも、と思って何枚か抜き出して確認してみたんですけど、すかしも入ってましたし、ホログラムもありました。だから、多分」
「本物?」
頷き、「来てくれて本当に助かりました。これ、どうすればいいと思います? ずっと一人で悩んでたんですよ」と訊ねる。
小此木さんが茶封筒をしげしげと見つめてから、僕の手を取り、強く握った。どきりとしつつ顔を見ると、小此木さんがなんだか熱のこもった表情を浮かべていた。
「ねえ、もう一回演奏してあと百万稼がない?」
「いやいや」
「マネージャーをやってあげるよ」
「いやいや」
「取り分は半々でいいからさ」
「いやいや」
半々は持って行きすぎでは?