百万円の百万倍有意義な使い方

文字数 2,063文字

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 初めての弾き語りですか……みんな百万円のことばっかり言うけど、僕は自分の曲で誰かと繋がったことと、演奏を聴いてくれた人がいたってことの方が重要だったかな。

 と、将来の自分が足を組んで感慨深そうに語っている姿は想像できないので、妄想を仕舞い、どうして僕は百万円を渡されたのだろうか? という謎に目を向ける。

「百万円は、やっぱり額が大きすぎるよねえ」

 隣に座る小此木さんは、そう言うとトレイに乗っているデニッシュを口に運び、美味しさを認めるようにうんうん頷いた。

 腹が減っては戦が出来ぬだよ、という小此木さんの提案で、僕たちは駅前のパン屋に入り、二階のイートインへ移動していた。戦をするもりはないけど、考えるのに糖分はいる。僕も燃料補給をするつもりで、まったりとした甘さのアイスココアをストローですすり、「ですよね」と強く同意した。「投げ銭って額じゃないですよ」

「裏があると見たね。何か企みがないとそんな大金を人に渡さないよ」
「やっぱり、交番に行った方がいいですよね」 
「高校生が弾き語りして百万もらいましたって言いに来たら、お巡りさんも交番飛び出してギターを弾き始めるかもね」

 真面目に考えて下さいよ、と縋るように見つめてしまう。

「ごめんごめん、そんな顔をしないで。で、お金くれた男の人はどんな感じだったの? 業界人っぽい雰囲気だったとかそういうのは」
「なんて言うか、社交的な大学生みたいでしたよ」

 ほっそりとしたハーフっぽい顔立ちで、大きなシルエットのTシャツを着た、茶髪の若い男だ。異性から好かれそうな、どこか遊びなれている雰囲気もあった。

「じゃあ、音楽事務所のスカウトってことはないかあ」
「多分スカウトの仕事は何も言わずに大金を渡すことじゃないと思いますし」

「間違いなく違うだろうね」小此木さんが大きくうなずき、「無言だったんだ?」と訊ねてきた。

「ええ、最後の曲を演奏してたらお客さんの端に交じって、腕組んでぶすーっとした顔でちょっと怖かったんですよね。で、最後の曲が終わったらギターケースに封筒入れて帰って行きました」

「よく見てるねえ。結構余裕があったんだ?」
「演奏をしてる時って、意外と周りが見えるんですよ。集まって聴いてくれたのも十人だったんで、覚えきれないって人数でもなかったですね」
「そうだった、平くんは良ちゃんが認めるくらい目が良いんだった」

「目だけ認められてもね。いつも僕が何に巻き込まれてるのかとか、大事なことを事後報告ですからね」
「そういうところあるよね。表面は取り繕ってるけど、人と合わせるのが下手くそ。でも、平くんは信用されてると思うよ」
「僕の目以外に、何か言ってましたか?」
「いい奴だって」
「都合のいい奴じゃないですか?」
「拗ねてるなあ。ところで、良ちゃんは?」
「信じられない話をしていいですか?」
「まだ何かあるの?」
「森巣が今日、弾き語りをしてくれって言い出したくせに、来なかったんですよ。それについての連絡も何もないし」

「えー、うーん、あー」と小此木さんが、唸り声を上げる。「いくらなんでもそれは酷いね」
 まったくですよ、とかぶりを振って森巣の話題を追い払う。

「いない奴より、目の前にある問題ですよ。話を戻しましょう」
「うん、じゃあ、平くんの演奏に対してお金をくれたってわけじゃないとなると、なんだろうね。お金持ちの気まぐれとか? おれは金と夢を与えたぞ、こんなことできる自分はすごいぞ、って愉悦に浸っているのかもしれないよ」
「自己満足を押し付けられても、迷惑ですね。もっと正しいお金の使い方をすればいいのに」
「募金とか?」
「募金、いいですね。いたずらに僕に渡すより百万倍有意義じゃないですか」

 窓の外、駅前広場では盲導犬の募金活動をしている人たちがいた。レトリーバーが募金箱のそばで暢気に寝転んでいる。今日は休みなんだから仕事はしないよ、と開き直っているようで清々しい。

「でも、人にお金をあげる自己満足だとしたら、僕のリアクションを見たり、目一杯感謝されたりしたいんじゃないですか?」
「平くん、百万円もらったのにリアクション薄かったの?」
「いや、その人、封筒をギターケースに入れたら、そそくさと駅の方に行っちゃったんですよ。相手の反応にも興味がないっておかしいですよね?」

 小此木さんが腕を組み、思案するようなポーズを取る。

「ただ寄付をしたいんだったら、僕よりあっちの盲導犬募金に渡しそうだと思うんですよ」
「臭うね」
「臭う?」
「そのお金、誰でもいいから押し付けたかったってことじゃない? 大金があるけどお店で一気に使えないし、駅のコインロッカーも埋まってた、どうしようかと思ってたところに平くんが目に入ったんだよ」

 言葉の端々から漏れてきた不穏な気配が僕に狙いをつけ、じりじりと近づいてくるようで、ぶるっと怖気がする。

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