犯人がわかりました

文字数 2,351文字

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 柳井先生の家は、近所にあるレンガ調の外壁の、庭とガレージ付き一軒家だった。玄関には観葉植物が置かれ、来客を出迎える大きな油絵が掛かっている。

「どうした? 職員室じゃないんだから、突っ立ってなくていいんだぞ」

 脱いだ革靴を丁寧に揃えて隅に寄せ、用意されたスリッパに履き替えて、おそるおそる柳井先生に続いた。

 天井の高い広々としたリビングに通される。

 畳くより大きいテレビ、両脇に配置された筒状のスピーカー、革張りのソファ、家電や家具が高価そうなものばかりだ。そんな中に服が雑に積まれた籠が目に入り、生活感もちゃんとあるなと苦笑した。

 オープンダイニングになっているキッチンに柳井先生が移動しており、「お茶でいいよな」と声が聞こえた。

「くつろげとは言わんが、リラックスしてくれ」

 しばらくして、マグカップが二つ乗ったトレイを持って柳井先生が戻ってきた。

「って、机の上も汚いな。すまんすまん」

 柳井先生がそう言って、トレイを起き、テーブルの上に置かれた書類や文房具をまとめて端に寄せて、マグカップを置けるスペースを作ってくれた。

「学校で、先生の家は散らかってたとかみんなに言うなよ」
「言いませんよ」
「もし喋るようなら……」

 柳井先生がテーブルの上にあった白い布テープを持ち、ポーズをとる。僕はわざとらしく両手をあげてみせた。「絶対に言いません」

「良かった、口封じをしなきゃいけないところだった」

 にっと柳井先生が白い歯を見せて笑い、文具が集まっているコーナーにテープを置いてマグカップを手に取った。僕も差し出された青い花模様のマグカップを口に運ぶ。

 お茶の風味と共に、ハーブの香りが口の中に広がる。温かくて、落ち着く味をしていた。砂糖を入れてくれているのか、まろやかな甘さがあり、ごくりごくりと飲んでしまう。

「カモミールティーだよ。心を落ち着ける効果があるから飲むといい」

 へえ、あの花の? と思いながら口に含む。確かに、柔らかい味わいに安心感を覚えた。「先生は一人暮らしなんですか?」

「ああ、両親はハワイ暮らしだ。我が親ながら、悠々自適だよな。父親がパイロットでね。だからこの家も無駄に広いんだ。高校教師じゃ、この家は買えないだろうなあ」

 パイロットかぁ、通りで、と改めて家の中を見回す。どこの国のものかわからない置物や調度品が目についていたので、柳井先生の趣味なのかなと思っていたところだ。

「平は、将来何になりたいんだ?」

 カモミールティーの効果なのか、「実は」と口を開いた。

「誰にも言っていないんですけど、ミュージシャンになりたいんです」
「ほお、平にそういうイメージがなかったが、でも、音楽部だったもんな」

 よく覚えていますね、と驚きつつ、相槌を打つ。

「やりたいことがあるなら胸を張っていいと思うけど、他人の顔色が気になるんだな」
「勇気がないんですよ」
「ないという訳じゃない、勇気が足りないんだよ。人間には欲望があるからな、本当は行動をしたいはずなんだ。その欲望に忠実になればいい」
「先生はお父さんみたいに、パイロットになろうとは思わなかったんですか?」
「ああ、俺はちょっと、な」
「目が悪いからですか?」
「どうしてわかったんだ!?
「左右の目の色が違うので。オッドアイって言うんでしたっけ?」と覚えたばかりの言葉を口にする。先生の右目は濃い黒色をしているけど、左目は明るい茶色をしていた。何か理由があるのかな、と思ったのだ。
「よく気付いたなあ。うん、まあその通りだよ。怪我をして、左目が悪くてね。夢が破れたのさ。だから平には後悔をしない人生を歩んでもらいたいなあ」

「そうだったんですか」お気の毒に、と目上の人に言っていいのかわからず、言葉に詰まる。そんな僕の迷いも見透かすように、柳井先生が優しい笑みを浮かべる。

「欲望って言うと大袈裟ですけど、僕がしたいことはまず、瀬川さんの役に立ちたいですね。犬を見つけてあげたいです」

 柳井先生がそうかそうか、と嬉しそうに笑う。

「じゃあ、本題に移るか。クビキリの犯人がわかったって、どういうことだ?」

 柳井先生が椅子に座り直し、真剣な表情で僕を見る。
 カップを置いて、僕も姿勢を正した。

「実はさっきまで六組の森巣と一緒に、瀬川さんから話を聞いていたんです。散歩中に犬が拐われたって話は先生にもしましたよね」
「ああ、さっきな。それがどうしてクビキリと繋がるんだ?」
「実は、瀬川さんから犬を拐った犯人も、僕が図書館で見た奴と同じ、背中に大きくXXXって書かれたパーカーを着ていたらしいんです」
「クビキリの犯人と同じ格好ってことか」

 力強く頷き、あの袋小路に逃げ込み、犯人が消えた説明を重ねる。

「平の言う通りだとすると、犯人はどこに消えたんだろうな」
「それなんですけど、左側の家には番犬がいました。逃げ込めるとしたら右側の家です」
「でも、瀬川の犬の鳴き声は聞こえなかったんだろう?」
「つまり、犬はまだ生きています。静かに右の家に移動させる方法が一つだけあります犯人は一人じゃなかったんですよ。拐った人と、家の住人が犯人なんです。家の住人は犬が放り込まれるのを待っていて、スタンガンとかで気絶させて家に連れ帰ったんじゃないでしょうか」

 柳井先生は神妙な顔をしてティーカップを口に運ぶ。僕には自分の考えが正しいか、客観的に判断してくれる人が必要だった。

 そして、もう一つ聞いてもらいたい僕の推理があった。

「犯人は森巣だと思います」と喉まで出かかった瞬間、インターフォンが鳴った。
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