ピエロが語る

文字数 995文字

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「どうしていいかわからない日が続いて、それでも生活をしないとと思って、ここに来たんだ。いつも通りに仕事をしようと思ってね。だけど、ダメだった。地面を見つめるだけで、全然思い通りに体が動かないんだよ。油のさされていない機械みたいだったと思う。多分、君がやった方があの日のぼくよりも上手いよ」

 話がどう転がるのか、と様子を窺いながら、相槌を打つ。

「集まってくれたいた人は、当然みんな立ち去っていった。波が引くみたいにね。だけど、そんな中、一人だけじっとおれのことを見続けてる高校生がいた。よく見物をしてくれるし、はっとするような顔をしてるから、こっちも覚えてた」

 誰かの見当がつき、「森巣ですか」と口にする。

「彼がどうして見続けてるのか気になって、パフォーマンスを止めて訊いたんだよ。どうして見てるんだ? って。そうしたら彼は、『ファンだからだ。でも、今日は切れがないじゃないか。どうしたんだ?』って言った。優しく抱きしめられてから、背中をナイフで刺されたみたいだったね」

 そう言って、ピエロが頬を上げ、苦笑する。

「『詳しく話を訊かせてくれよ』彼はそう言った。ただ、そう言っただけなんだ。今、思い出してもすごく不思議なんだけど、たったそれだけのことしか話してないのに、甘く響いてすごく安心したんだ。心の奥に入ってきて、恐怖心と迷いが追い払われた。囁くような、あの優しい声がぼくに勇気をくれた」

 ピエロは、どこか恍惚とした様子で、天を仰ぐように口にする。
 他人の心にすっと入り込む、森巣の怖ろしさを伴う魅力に、ぞくりとした。

「あいつがしたことと、ただ殺して楽になんてしたくない、自分のしたことを後悔させて、他人に人生の手綱を握られることの恐怖を味わわせて、惨めに奥歯をガタガタ震わせながら、今後の人生で一秒も幸福な時間をないんだって思い知らせてやりたい、そう彼に伝えたんだ」

 知ってしまったからには放っておけない。敵がいるなら戦う、森巣はそう言うのではないか。

「それで、森巣はなんて?」
「持っていた袋からパンをわけてくれたよ」

 首を傾げる「パンを?」

「悲しい時は、泣きながらでも飯を食え。強くなれるぞってね」

 その言葉に、胸を締め付けられた。森巣自身もきっと、悲しみに襲われながら、強く生きるために物を食べた日があったのだろう。

 森巣は血も涙もない奴ではない、僕はそう信じたい。
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