マリンとパラン
文字数 1,842文字
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「そりゃ疑われて当然だよな。知らないふりをしていた俺が悪かった。本当にごめん!」
森巣は合わせた両手の脇から、ちらりと申し訳なさそうに僕を見る。白を切り通されるか、悪態をつかれるのではないかと思っていたので、この反応には拍子抜けした。つい、「いや、こっちこそごめん」と謝りそうになる。
だが、誤魔化されないぞ、とまだ警戒を解かないように踏み留まる。
「どうして知らないフリとか、僕に嘘を吐いてたわけ?」
「クビキリ、嫌な事件だろ? だから個人的に調べていたんだ。地元で起きた事件だしね。で、平がクビキリについて何か知っているみたいだったから、話を聞きたかったんだよ」
「でも、どうして。普通に聞いてくれたらよかったのに」
「学校でクビキリの発見者がいる、っていう噂は聞いてなかった。つまり、自分が発見者だって吹聴するタイプじゃないんだろうなって思ったんだ」
確かに、僕はクラスメイトにも先生にも話をしていなかった。うん、そうだね、と頷く。
「体験談を聞かせてよって言ってくる、初対面の奴なんて野次馬にしか思えないだろ? 相手にしてもらえないと思ったんだよ。ならいっそ、全部知らないフリをすれば、危ない事件が起きてるから注意をした方がいいよ、って丁寧に教えてくれるんじゃないかと思ったんだ。俺は嘘を吐いて、平から話を聞き出そうとしていた。認めるよ。本当にごめん!」
そう言って、森巣が深々と頭を下げる。話を聞きながら、もし、と考える。もし「クビキリについて何か知ってるの?」と話しかけられたら答えただろうか。
しないな、とかぶりを振る。無防備に見えた森巣にだから、僕は詳しく話をした。
なんだ、と自分の体が脱力していくのがわかる。「でも、嘘を吐かなくてもよかったのに。変に勘ぐっちゃったよ」
「本当に悪かった! だけど、瀬川の犬はまだ無事だと思うよ」
「なんでそう思うのか、そろそろ説明してくれないかな?」
「それはまだ−−」
「ちょっと一方的すぎない? 僕も喋ったんだからさ。フェアじゃないよ」
すると、言うか言うまいか逡巡するように宙を眺めていたが、森巣はわかったよ、と観念した様子で肩をすくめ、僕に向き直った。
「殺された動物は猫が三匹に、兎が一匹。猫は野良猫かもしれないし、飼い猫かもしれない。だけど共通点がある」
「共通点?」
「小学校で兎の名前を聞いた?」
「聞いたよ。確か、パランだった」
「パランっていうのは、韓国語で青って意味なんだよ。白い兎なのに、なんで青って名前なんだと思う?」
「そんなこと」わからないと言いかけて、はっとした。瀬川さんの犬の名前も、マリンだ。森巣が正解を示すように、自分の目を指差している。
「そう、目だよ。右目だけ青かったから、パランにしたらしい。犯人は、オッドアイの動物を狙ってやってるんだ」
「確かに、僕の見つけた白猫もオッドアイだった」
「殺された動物は全部オッドアイだったらしい。偶然、とは思えないだろ?」
確かに、そこには何か意味があるように思える。うんうん、と力強く頷き返す。
「で、なんで瀬川の犬が生きてると思うのかに戻るんだけど、動物を殺したいと思った時、オッドアイの動物がすぐに見つかるとは限らない。だから、盗んできてしばらく飼育してたんじゃないかと思うんだ。嫌な言い方だけど、ストックだね」
「小学校の兎は、発見までに一週間かかった。だから、マリンちゃんもすぐに殺される可能性は低いってこと?」
「そういうこと」
なるほど、納得だ。僕が右往左往している間に、森巣はそこまで見抜いていたのか。競走をしているつもりはなかったけれど、森巣はずっと前を走っていたようだ。能力に対する嫉妬よりも、なんだか寂しさを覚える。
だけど、問題はまだ解決されていない。
「じゃあさ、あの袋小路から犯人はどうやって消えたんだろう?」
「無理だね。そもそも、人間も犬も消えるわけがない」
「右の家に逃げ込んだんだと思うんだけどなぁ」
「平、犬はあの曲がり角で拐われてなんかいないよ」
森巣が何を言い出したのかわからず、きょとんとしてしまう。
「マリンは拐われてないって言うの?」
「いや、拐われてはいる」
森巣が僕が理解しないことを、歯がゆそうにしている。だから、説明をしたがらなかったのかもしれない。
「何を言ってるのか、さっぱりわからないんだけど」
「そりゃ疑われて当然だよな。知らないふりをしていた俺が悪かった。本当にごめん!」
森巣は合わせた両手の脇から、ちらりと申し訳なさそうに僕を見る。白を切り通されるか、悪態をつかれるのではないかと思っていたので、この反応には拍子抜けした。つい、「いや、こっちこそごめん」と謝りそうになる。
だが、誤魔化されないぞ、とまだ警戒を解かないように踏み留まる。
「どうして知らないフリとか、僕に嘘を吐いてたわけ?」
「クビキリ、嫌な事件だろ? だから個人的に調べていたんだ。地元で起きた事件だしね。で、平がクビキリについて何か知っているみたいだったから、話を聞きたかったんだよ」
「でも、どうして。普通に聞いてくれたらよかったのに」
「学校でクビキリの発見者がいる、っていう噂は聞いてなかった。つまり、自分が発見者だって吹聴するタイプじゃないんだろうなって思ったんだ」
確かに、僕はクラスメイトにも先生にも話をしていなかった。うん、そうだね、と頷く。
「体験談を聞かせてよって言ってくる、初対面の奴なんて野次馬にしか思えないだろ? 相手にしてもらえないと思ったんだよ。ならいっそ、全部知らないフリをすれば、危ない事件が起きてるから注意をした方がいいよ、って丁寧に教えてくれるんじゃないかと思ったんだ。俺は嘘を吐いて、平から話を聞き出そうとしていた。認めるよ。本当にごめん!」
そう言って、森巣が深々と頭を下げる。話を聞きながら、もし、と考える。もし「クビキリについて何か知ってるの?」と話しかけられたら答えただろうか。
しないな、とかぶりを振る。無防備に見えた森巣にだから、僕は詳しく話をした。
なんだ、と自分の体が脱力していくのがわかる。「でも、嘘を吐かなくてもよかったのに。変に勘ぐっちゃったよ」
「本当に悪かった! だけど、瀬川の犬はまだ無事だと思うよ」
「なんでそう思うのか、そろそろ説明してくれないかな?」
「それはまだ−−」
「ちょっと一方的すぎない? 僕も喋ったんだからさ。フェアじゃないよ」
すると、言うか言うまいか逡巡するように宙を眺めていたが、森巣はわかったよ、と観念した様子で肩をすくめ、僕に向き直った。
「殺された動物は猫が三匹に、兎が一匹。猫は野良猫かもしれないし、飼い猫かもしれない。だけど共通点がある」
「共通点?」
「小学校で兎の名前を聞いた?」
「聞いたよ。確か、パランだった」
「パランっていうのは、韓国語で青って意味なんだよ。白い兎なのに、なんで青って名前なんだと思う?」
「そんなこと」わからないと言いかけて、はっとした。瀬川さんの犬の名前も、マリンだ。森巣が正解を示すように、自分の目を指差している。
「そう、目だよ。右目だけ青かったから、パランにしたらしい。犯人は、オッドアイの動物を狙ってやってるんだ」
「確かに、僕の見つけた白猫もオッドアイだった」
「殺された動物は全部オッドアイだったらしい。偶然、とは思えないだろ?」
確かに、そこには何か意味があるように思える。うんうん、と力強く頷き返す。
「で、なんで瀬川の犬が生きてると思うのかに戻るんだけど、動物を殺したいと思った時、オッドアイの動物がすぐに見つかるとは限らない。だから、盗んできてしばらく飼育してたんじゃないかと思うんだ。嫌な言い方だけど、ストックだね」
「小学校の兎は、発見までに一週間かかった。だから、マリンちゃんもすぐに殺される可能性は低いってこと?」
「そういうこと」
なるほど、納得だ。僕が右往左往している間に、森巣はそこまで見抜いていたのか。競走をしているつもりはなかったけれど、森巣はずっと前を走っていたようだ。能力に対する嫉妬よりも、なんだか寂しさを覚える。
だけど、問題はまだ解決されていない。
「じゃあさ、あの袋小路から犯人はどうやって消えたんだろう?」
「無理だね。そもそも、人間も犬も消えるわけがない」
「右の家に逃げ込んだんだと思うんだけどなぁ」
「平、犬はあの曲がり角で拐われてなんかいないよ」
森巣が何を言い出したのかわからず、きょとんとしてしまう。
「マリンは拐われてないって言うの?」
「いや、拐われてはいる」
森巣が僕が理解しないことを、歯がゆそうにしている。だから、説明をしたがらなかったのかもしれない。
「何を言ってるのか、さっぱりわからないんだけど」