サプライズの電話

文字数 2,611文字

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 自分の失態を報告するのは辛いものだ。

「逃げられちゃったのは平くんのせいじゃないよ」

 自分の失態を優しく慰められるのも、それはそれで辛いものだ。

「相手の足が速かったんだからさ」
「足が遅くてごめんなさい」
「ドンマイだよ、切り替えていこう!」

 ベンチに戻ってきた選手を励ますチームメイトのように、小此木さんが僕の肩を叩く。

「こっちは平くんがトイレ行ってる間に調べてたんだけど、早速ゾンビが燃えてるよ」

 反射的に、ゾンビの体が炎に包まれ、よたよたと歩いている場面を思い浮かべてぞっとする。が、すぐにかき消す。これは現実だ。ゾンビの新情報はなんだろうか。

「半裸で抱きつく迷惑な馬鹿は誰なんだ? って怒りの炎がそりゃあもう、めらめらと」
「どこの誰か炙り出されるのも、時間の問題でしょうね」
「それなら、もう特定されたよ。SNSのアカウント、通ってる大学、アルバイト先、飲み会の写真までたくさんネットに流れてる」

 小此木さんが無言でスマートフォンの画面を向けてくる。顔を近づけて確認すると、確かに僕に百万円を渡し、ゾンビになった男だった。

「平くんに話しかけてきた女の人の話を聞く感じだと、この人が自分の意思でゾンビごっこをして、わざと注目を集めたっていうわたしの推理はハズレだね」
「そうですね。なんだか脅されているみたいでしたよ」
「女の敵って言ってたのも気になるし、あの三人組に連れて行かれて今頃どうしてるんだろうね」

「職員室でお説教、みたいな甘いことはないでしょうねぇ」どこぞの事務所で暴力を受けているかもしれない。得体の知れない百万円を持っている自分にその暴力の矛先が向かないか、改めて不安になる。

「ああいう物騒な人たちが出向いてきたってことは、商売の邪魔をされたからだと思うなよね。っていうことは、あいつはそういうお店の客で、女の敵になるようなことをしたってことじゃないかな?」
「なるほど。でも、ゾンビになった理由は?」

「お店で働く人が結託して、迷惑な客を脅迫したんだよ。きっと恥ずかしいこともしただろうし、悪行をばらされたくなかったら、言うことを聞けって。手紙にあった『内密にして下さい』ってのは、平くんが何かを見ちゃったからじゃなくて、握られてる弱みについてだよ」
「けど、言うこと聞いたのに拉致されるなんて割に合わないんじゃないですか?」

 すると、小此木さんが腕を組み、得意げに含み笑いをした。「それが目的だったのだよ」と芝居じみたことを言う。ので、「と、言いますと?」と調子を合わせる。

「制裁を下したいけど、どこにいるのかはわからない。それで、誘き出すことにしたんだよ」
「お金を払ってついでに恥をかけって言われて、のこのこ来ますかね」
「それくらいするんだから、さすがに許してもらえるだろうと油断していたんじゃないかな。そこを、あの三人組に捕まえてもらう。一石三鳥作戦」

 小此木さんの推理が、クリアしなければならないチェックポイントを通過していく。

「平くんが会った女の人はお店の人で歩道橋から監視をしてて、お金を渡すのとゾンビごっこをしてるのを確認したから男たちを電話で呼んだ。ほら、これも繋がる」

 確かに小此木さんの言う通りであれば、筋は通る。
 だけど、解決されていないこともある。

「ゾンビはどうして僕に封筒を渡したんですかね」
「さっきも言ったけど、平くんが、お金の受取人と人違いをされたんじゃない?」
「百万円を渡す相手ですよ? 例えば、なんとなく顔が似てたとしても、慎重になりませんかね」
「何もしないで二時間駅前に座っている人を見ていたら、普通じゃないと思うはずだよ。少なくとも、わたしは、おかしいと思った」

「おかしい」と反復し、少し傷つきながらも、そうなのかもしれないか、と頷く。
「というのが真相。はー、すっきり」

 小此木さんが満足そうな声をあげ、両手で伸びをする。小此木さんは謎が解けて満足したかもしれないけど、僕をこの問題から解放してくれない大きな爆弾がある。

「結局、どうするのが正解なんでしょうか。警察に事情を話すべきか、三人組を待って百万円を返すべきか」

 あの屈強な三人組が僕を探し、「百万を返せ」と家に来られたら、困るだけの話では済まない。僕に、静海と母親を守れるのか? と自問してみるも、腕力のなさは自分が一番知っている。

「どうしようねぇ。警察に相談しても、見回りに来ますよ、くらいだと思うし」

 小此木さんは、謎を解いた時の威勢の良さを失い、頬を掻いている。

 情けないけど、脳裏に森巣がちらついた。もし、森巣に相談をしたら、対処方法を一緒に考えてくれるだろうか。そろそろ意地を張るのはやめようか、と弱気になる。

 そこで、はたと不安になった。

 森巣に対して、「来ないのかよ!」と憤っていたけど、何か事情があるのかもしれない。

「もしかしたら、森巣も何か事件に巻き込まれていたりして」
「良ちゃんは巻き込まれる側ではないと思うよ」
「人の気も知らないで、巻き込むタイプですよね」

 と言ったその時だった。お尻のポケットに入れていたスマートフォンが震える。家族からの買い物の頼みか何かだろうか、と思い、なんの気なく確認する。

『森巣良』と表示されていた。

 噂をすればだな、と驚きつつ、咳払いをして通話ボタンをタップする。

「もしもし?」
「平、お前、今どこにいる?」

 トラブルに巻き込まれているような切迫した様子はない。そして連絡しなかったことや、遅刻していることに後ろめたさを感じている様子もない。

「今、小此木さんと桜木町のパン屋にいるよ。駅ビルんとこ」
「なんだ、霞もいるのか?」
「ああ、誰かと違って、小此木さんは弾き語りを聴きに来てくれたんだ」
「そうか、俺もこれから電車に乗って桜木町に向かう」

 嫌味が通じなかったことにむっとして、「何か言うことがあるんじゃないの?」と口を尖らせる。

「そう不機嫌になるな、サプライズだ」
「サプライズだって? ああ、来なくて驚いたよ。君が弾き語りをしろって言ったくせに、来ないなんて」
「でも、驚いただろ?」
「驚いたけど、甘いよ。こっちはもっと驚くべきことが起こってる。驚き負けだね」

 さて、どう悔しがらせてやろうか、と小此木さんと目配せをし、焦らしながら説明する方法を思案していると、スピーカーの向こうから、思いもよらぬ言葉が聞こえて来た。

「当ててやる、百万のことだろ?」
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