王子様とカフェ

文字数 2,607文字

        5

 放課後、少女漫画の王子様みたいな男子生徒と共にカフェにやって来た。

 ここは落ち着いた雰囲気の店で、瀬川さんと待ち合わせをすることになっている。店内は焙煎されたコーヒーの良い香りが漂い、木製のテーブルと椅子は、どこかの職人の手作りという感じがした。しっくいの壁にかかっている、草原で休んでいる馬の絵も、有名な画家のコピーではなく誰かが描いたものだとわかる。手作りとこだわりに溢れた温かみのある店で、気になるのは入り口がバリアフリーじゃないことくらいだ。

 お洒落な店に自分がいていいのかな、とそわそわするが、一人じゃないので心強かった。お店の雰囲気となんの違和感もない森巣がテーブルの向かいに座っている。ちらほらといる女性客の視線を集めていることにも気付いていないようで、メニュー表を手にして涼しい顔をしていた。

「学校の近くにこんなお店があるなんて知らなかった。平はよく来るの?」
「いや、僕は二回目。瀬川さんに連れて来てもらったんだ。僕はチェーンの喫茶店とかファミレスしか知らないよ」
「さすが女子は詳しいね。店にBGMがかかっていないのもいい」
「音楽は嫌い?」
「自分が好きな音楽は好きだよ。でも、そうでもない音楽は、あんまり聞きたくないな」
「僕もそうだよ。でも、カラオケとか誘われるんじゃないの?」
「まあね。だから、カラオケには行かない」

 相槌を打ちながら、森巣が来ないことを寂しがる彼の友達の顔が目に浮かぶ。

「僕はいつも、来なくても良かったなあって思いながら、隅にいるよ」
「行かなきゃいいのに」
「でも、なんか断ったら、居心地が悪くなりそうじゃないか」
「他人の目が気になる、と」

 だね、と首肯する。どう思われているのか、嫌われるのではないか、と身構えてあれこれ考える癖の自覚はある。

「別に嫌われてもいいのに」
「え?」

 人気者の森巣とは思えない発言だった。

「この世の全員に好かれるなんて無理じゃないか。好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌い、だろ?」

 食堂のメニューの好き嫌いを口にするような、淡々とした口調だった。

「他人を採点して過ごしてるような奴がいるとしたら、そいつを嫌いになればいい。どうせそんな奴は嫌な奴に決まってる。嫌われる自由もあるし、嫌う自由もある」

 嫌う自由なんて、考えたこともなかった。

 俺はそう思うねと話す彼の目は、真っ直ぐで自信に満ち、怖いもの知らずという言葉がよく似合う。

「そんな風に考えられるなんて、すごいね。でも僕は、できれば誰からも嫌われないように、穏便に、平和に過ごせればって思っちゃうよ」
「ああ、別に平のことを否定してるわけじゃないよ。あくまで、俺は、の話」

 その余裕のある態度も立派だなと思った。気分を害してはないよ、と僕は手を振る。

「君の勇気を見習わないとな」

 口にして、ああ、自分に足りないのは勇気なのか、と思い至る。他人の目を気にしない勇気、行動する勇気、決断する勇気、そういったものが僕には足りない。

 助けてもらった時のことを思い出す。森巣は正しいことをする為に、悪に立ち向かえる勇気がある。人と比べてしまうのは良くないけど、僕はなんだか格好悪い。

「僕は臆病だから、周りのことを気にしてばかりだ」
「別に臆病ってわけじゃないと思うけど。一人でチラシを配ってたじゃないか」
「あれは、困っている人を放っておく勇気がなかっただけだよ……ちょっとごめん」

 そう言って、僕は席を立つ。森巣をちらちら見ていた女性二人組が会計を済ませ、お店から出ようとしていたので、「あの」と引き止める。

 呼び止められ、首を傾げるショートカットの女性を見ながら、テーブルを指差す。

「すいません、あれ、違いますか?」

 彼女たちのいたテーブルの上にはお皿とカップ、そしてスマートフォンが一つ置かれていた。ケースに付けられたストラップがテーブルから垂れ下がっている。

「あ!」

 ショートカットの女性が店内に響き渡るような声をあげ、慌てた様子で移動してスマートフォンを手に取る。

「あんた、また?」と一緒にいた女性が呆れた様子でこぼしている。
「これで五回目だから、危なかった」

 さすがに多すぎでは? と思ったが口にしない。ショートカットの女性は屈託のない様子で「少年、ありがとう!」と言ってスマーフォンをジーンズのポケットに突っ込んだ。

 手を振ってくれたのでそれに応えると、前に座る森巣が妙に感心した顔をしていた。

「ほら、僕は周りのことばかり気にしているから」
「それはもはや、特技じゃないかな?」
「そんな大したものでは」

 ただ見えているだけだからと思いつつ、褒められると少し照れてしまう。

「他に何か気付かない?」

 試されるような視線を向けられ、「えぇっと」と漏らしながら店内を見回す。
 壁に貼ってあるポスターに目が止まる。そこには、ホイップクリームによってキャラクターを模したものや、マジパンで絵が描かれたケーキの写真が貼られていた。

「キャラクターの著作権が気になる、くらい? こういうのって罪にならないのかな」
「なるよ。十年以下の懲役または一千万円以下の罰金だね」
「それは結構やばいんじゃないの?」
「ま、町のパン屋とかケーキ屋がいちいち摘発されることはないと思うけどね」
「グレーゾーンだね。どっちの気持ちもわかる」

 ような気がする、と付け足す。

 著作者じゃないので、なんとも言えない。自分の作ったキャラクターで勝手にお金儲けをするなんて、と憤慨する気持ちもわかるような気もするし、思いと手間のこもったケーキを作ってもらったらきっと嬉しいだろうな、とも思う。

「ごめん、森巣君。話を脱線させちゃったね」
「いいよ。あと、森巣でいい。君付けしてくる同級生はいないし、他人行儀だろ」

 森巣がそう言って、白い歯をのぞかせる。そよ風のような、爽やかな笑みだった。

「わかったよ、森巣」
「よかったら、平が見たものの話を聞かせてもらえないか?」

 今日はこれから瀬川さんとここで待ち合わせをし、町の掲示板にチラシを貼りに行こうと約束をしていた。瀬川さんがやってくる前に、あの話をしておきたい。

 クビキリの話だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み