置き去りのメロディ

文字数 2,881文字

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 駅前広場のベンチに戻り、ぼうっと人の往来を眺める。知らない人たちで溢れている。この町には、たくさんの人がいる。大人も子供も、良い奴も悪い奴もいる。ぶつかり合いも起こるけど、僕はできれば、誰も傷つかない町であって欲しいと祈る。

「よお」と森巣が手をあげてやって来た。
「やあ」と僕は返事をする。

 休日の森巣は白いシャツに細身の黒ジーンズというシンプルな格好だった。着飾っていないのに様になっている。僕が同じ格好をしても、きっと彼のように大人っぽい印象にはならないだろう。学校にいる時のような猫被りをやめ、つんとすました顔をしていた。

「一人か」

 小此木さんかピエロか、誰と一緒にいると思っているのわからないけど、「帰ったよ」と伝える。ピエロは大切な病院へ、小此木さんは予備校へ行った。森巣は、ふうんと周囲を見回し、「そうか」とだけ呟いた。

「色々聞きたいことがあるんだけど」
「ピエロと話さなかったのか?」
「概要は聞いたよ。でも、君にしかわからないこともあるだろ」
「何が知りたい?」
「いつからこの計画を?」

 色々知りたいが、軽めの送球からキャッチボールを始めるように、疑問をぶつける。

「一ヶ月くらい前だな。俺はピエロから話を聞いて、大学生共がぼったくりに使ってるバーを調べ、そこから出て来た奴を尾行した。脅すのは簡単だったな。学校、親、恋人、就職先、どこにでも爆弾を落とせる。一人から、女を風俗に沈めるマニュアル、提携してる店、カモリスト、仲間たちのプロフィールと写真、SNSでのやり取りを提供させた。これで大体二週間くらいだ」
「学校に通いながらよくそこまでできたね」
「何日か休んだが、俺にとっては別に大したことはない。教科書は読めば理解はできる」
「私服の警察官はどうやって呼んだの?」
「あれは、振り込め詐欺の電話があったと予め相談しておいたんだ。カモリストの中にいた女の一人に協力を仰いだら、快く引き受けてくれた。自分を騙そうとしたんだから地獄に落ちるしかない、と息巻いていたな」

 僕に話しかけて来た金髪女性のことだろう。彼女は「電話をかけた」と言っていたから、詐欺取引の中止を伝え、肩透かしを食らった私服の警察官たちが半裸で人を襲う人間を捕まえた、そういう流れだろう。

「ずいぶん根回しをしていたんだね」
「立案者の俺が、失敗させるわけにはいかないからな」
「でも、もし僕がいなかったら失敗してたじゃないか」
「いいや、失敗はしない。その為に平に弾き語りを頼んだからな」

 どういうことか? と眉間に力が籠る。

「もしかして、僕に弾き語りをしないか言って来たのって」
「ああ、万が一ピエロが来れなくなったら金を受け取る相手がいなくなるだろ。それに、平は目が良い。もし大学生が来て払った振りをしたり、来たけど払わなかった場合、平から証言が取れる。お前が言うなら、間違い無いだろ」
「僕だけ、全然話を教えてもらっていなかったけど」
「平は、顔に出るタイプだろ。百万を受け取る前から挙動不審だと、周りから怪しまれるかもしれないから黙ってたんだ」

「それは」と口にし、言い淀む。確かに、緊張して弾き語りどころではなかったかもしれない。

「な? だから言わなかったんだ。我ながら、正しい判断だったな」

 森巣が八重歯を見せ、得意そうに笑っている。全て彼の計画通りで、トラブルはあったものの、成功したわけだ。が、すぐに険しい顔になり、口を開いた。

「実は金の流れを調べていてわかったんだが、奴らが使っているぼったくりバー、風俗店、その金がある男の元に流れていた。誰だと思う?」
「さあ」
「滑川だ。クビキリと強盗ヤギの裏にいた、あの滑川だ。更に調べたら、どうやら振込詐欺や脱法ドラッグの売物もしている、この数年で台頭してきた犯罪集団のボスらしい。今回の事件でまた一つビジネスを潰せたが、トカゲの尻尾切りで奴は生き伸びて、また別のビジネスをするつもりだろう。さっさと頭を踏み潰すしかない」

 森巣が何か忌々しそうな顔をして淀みなく話しているが、内容は聞き流していた。
 滑川が何をしていようが、そんなことは今、重要なことではない。
 僕にとって重要なのは、これからする質問の答えだ。

「どうして弾き語りを聴きに来なかったんだい?」

 質問をぶつけると、森巣はきょとんとしていた。何故そんなことが聞かれるのか、と不思議でたまらない様子だ。

 言葉の裏、弾き語りに来なかったことについて言及しているわけではない、とわかっていないようだった。

 僕との関係をなんだと思っているんだ?

「情報を拡散したり、金を払いに来た奴以外のメンバーの悪行もタイミングよく流さないといけなかったからな、手が離せなかったんだ。それに、滑川の居場所や反応も探っていた。悪行の数々は出てくるが、用心深い奴で写真も出て来ないし、それに––」

 お尻のポケットから百万円の入った封筒を取り出して、思いっきり森巣に投げつける。
 軽々と封筒がキャッチされ、余計に腹が立った。

「この金は協力してくれたお前にと思ったんだ。返さなくていいぞ」
「……百万円を、僕に?」
「ああ、それに見合った働きをしてくれたと思うしな」

 瞬間、冷静になろうと努めていた頭に火が着いた。
 弱いものいじめを許さない、という彼の行動は僕が口出しすることではないと思っている。だけど、問題はそこじゃない。

 僕のことを、彼の目的の為の道具の一つだとしか考えていないのか、と胸ぐらを掴む。

「僕らの間に友情はないのか? 君が僕を友達だと思っていないなら、僕も君のことを友達だとは思わないぞ」
「急に、どうした?」

 この期に及んでも怪訝な顔をしているのを見て、頭の血管が切れそうになる。

「君は頭が良いんだろ? 自分で考えろ馬鹿!」

 そう言って、彼を突き放す。

 こんなに大きな声を出したのは初めてだし、怒鳴ったのも初めてだ。僕の声に驚いたのか、僕を怒らせたことに驚いたのか、森巣の瞳がゆらりと揺れた、ように見えた。困惑しながら口をぱくぱくさせて、何かを言おうと口を開きかけている。

 僕は睨みつける視線を外し、ギターケースを手に持ち、森巣に背を向け、駅に向かって歩き始めた。

 森巣がいなくても、弾き語りくらいできる。

 でも、僕は僕の演奏を森巣に聴いてもらいたかった。
 目だなんだと利用されるのではなく、隣に立つことを認めてもらいたかった。

 それに、頼みごとがあるなら、普通に言ってくれればいいじゃないか。僕を金で買えると思ったのか? 早い鼓動が耳障りだし、頭の中では思考がぐちゃぐちゃになっていたあいつは一体なんなんだ。不協和音が響いているようだった。

 迷いを振り払うようにずんずんと進み、気が付くと駅のホームに立っていた。

 音楽プレイヤーを取り出し、イヤフォンを耳に嵌める。この気持ちを吹き飛ばしてくれる曲を探した。慰めてくれる曲を探した。励ましてくれる曲を探した。
 だけど、ふさわしい曲がどれか思い浮かばない。

 顔を上げると、いつの間にか到着していた電車は僕を置き去りにして走り出していた。
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