首謀者の名は

文字数 1,542文字

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 森巣は厳しい口調でそう言って、オーナーを見据えた。

「あんたが一人でこの事件を考えたなんて思っていない。警察に通報しない代わりに、どういう経緯で強盗ヤギと共謀したのかを話してくれ」
「そんな、共謀だなんて。私はただ言われた通りにしただけで」

 オーナーが青褪めた顔をし、狼狽える。

「何を言われたんだ?」

 森巣がオーナーを見据える。ただ見ているだけなのに、森巣の体から大きな手が伸びて来て、オーナーを握り締め、ぎゅうっと絞り出そうとしているみたいだった。

 拷問は趣味じゃないけど、趣味じゃないだけなんだ、と森巣が言い出す気がする。

「拷問は趣味じゃないけど、趣味じゃないだけなんだ」と森巣が口にし、急かすようにテーブルを指先でこつこつ、こつこつと叩き始めた。

 急かすような仕草に効果があったのか、オーナーは半ば放心し、呻くような声を発した後、今まで溜め込んできた我慢や不満を吐き出すように、長くて大きな息を吐いた。

「私にも、君たちくらいの歳からの友人がいたんだ」

 オーナーが語り始めるので、黙って耳を傾ける

「馬が合ってずっとつるんでいた。二人とも同じ高校、同じ大学で。会社は別だけど、同じ時期に会社から早期退職を頼まれたんだ。それで、二人で夢だったカフェを始めることにした。半年ほど前に開店したんだ。これからって時に……」

 店の中を眺めるオーナーは目を細め、どこか夢を見ているような恍惚さを湛える笑みを浮かべていた。地元の人に愛され、繁盛し、活気のある店を切り盛りし、常連客と談笑をする、そんな姿を思い描いているのかもしれない。

「友人が裏カジノにハマって店のお金に手を出していた。全然気付かなかったよ。帳簿を任せていたし。借金もしていて、それが知らない間に膨らみ続けていた。友人とお金が消え、私と借金とこの店だけが残ったんだ。怖い顔をした借金取りの連中がやって来るようになって、このままだと店を奪われる、そんな時だった」

 オーナーの言葉によって、店の温度がどんどん冷えていくような、そんな悲しさを覚えた。借金の苦しさは僕にはわからないけれど、友人に裏切られ、そして友人を喪失した悲しみは計り知れない。どうして? という思いに苛まれ続けているだろう。

「そんな時、金融会社の紹介で、滑川勝吾(なめがかしょうご)という男が現れたんだ。その滑川が、強盗ヤギビジネスをしていることと、うちの店を使わないかっていう話をもちかけられた。提案という形だったけど、私にはノーという権利はなかった」

「滑川勝吾」

 森巣が暗記をするように、呟いた。ちらりと窺うと。鋭い目つきで口元を歪め、野性が溢れ出て来ているような獰猛な顔つきをしていた。

「森巣、滑川ってあの」
「クビキリで凶器レンタルサービスをしていた奴と同じ名前だな。手広く商売をしてるじゃないか」

 まさ、クビキリと強盗ヤギが結びついているなんて。世の中には悪がいる。覗いた闇の濃さに身がすくむような、途方のなさを覚えた。

「滑川ってのは何者だ。どこにいる」
「わからない。連絡も一方的だし。会ったのは一度きりなんだ。三十代だとは思うけど、実業家みたいな雰囲気で、堅気じゃない雰囲気はあったけど……とにかく怖ろしくて」

 オーナーは、自分も犯罪集団に巻き込まれた被害者なんですよ、と言わんばかりに、眉を曲げ、口をすぼめて話をした。森巣に訊ねられ、借金の額や金融業者の名前を答えている。

「最後に一ついいか?」
「何か」
「俺たちのことも、こんな風に喋ったら、その時はただじゃおかない」

 オーナーが、ごくりと大きく生唾を飲み込む。

「秘密、守れるよな?」
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