暗号解読2
文字数 2,093文字
12
放課後、カフェ『ル・セレクト』にやって来た。
「まあ、そうだよね」
店の前の立て看板は「CLOSED」となっている。昨日、強盗事件があったんだから、当たり前か。でも、立ち入り禁止のテープが貼られていたり、テレビで見たような綿をぽんぽんと叩く鑑識係の人がいることもなく、少し意外だった。
どうしようかと思案する。封筒にお金を入れてそっと置いておくか。それとも日を改るべきか、それにしても、いつ営業は再開されるのだろうか。
中に店の人がいないかな? と思いつつ、扉に手をかけると、開いた。
おそるおそる顔だけ中に入れる。
すぐに入口近くのテーブル席に座っている森巣を見つけ、「あ」と声が漏れた。
カウベルが鳴り、森巣も僕がやって来たことに気付き、ひどく意外そうな顔をしていた。お店は営業中ではなかったよな、と思いながら視線を彷徨わせると、カウンターの向こうにいたオーナーも、目を丸くしていた。
「平、どうしたんだ?」
森巣に訊ねられ、「君こそ」と言いながら、店の中に入る。
「僕は昨日、お金を払わなかったなって思い出したから」
もしかして、森巣もそれでここに来たのかと思ったのだが、森巣はすぐに「あー」と呑気な声をあげた。「忘れてたな。危ない危ない」
忘れてたのかよと思いつつ、オーナーさんに、「昨夜はすいませんでした。お金も払わず。
動転していて」と頭を下げる。
「いいですよ、こちらこそ、折角お越しいただいたのにすいません」
オーナーが謝ることではないでしょうに、と思いつつ、財布を取り出す。
「払います」「いいですよ」「払います」「大丈夫です」という応酬を続けていたら、森巣に「まあ、こっちに来いよ」と促され、森巣の向かいの席に移動する。
「森巣はここで何をしてるわけ?」
「ずる休みだ」
ちらりと後ろを見て、オーナーが離れているのを確認してから、声を落として話かける。
「小此木さんに聞いたぞ。次にこのお店が襲われることを知っていたそうじゃないか」
「ああ、ここは有力候補の一つだった」
「どうして僕に黙っていたのさ」
「昨日、店で言ったじゃないか。今日は推理じゃなくて調査で来たって」
「それだけでわかるわけないじゃないか」
悪びれる様子のない森巣を見ながら思う。小此木さん、僕は森巣を信じていいのかやっぱりわかりません。
「危ない目にあったらどうするつもりだったんだよ」
「平を守るくらい自信はあった」
「銃を持った相手だ」
「銃でもナイフでも関係ない」
「僕はあるんだよ!」と小さく叫ぶ。
頭の中にある文句を手当たり次第掴んでは森巣に向かって投げる。だが、ひょいひょいとかわさているようで、手応えがない。
「そうだ、メッセージを読んだぞ。何か暗号でわかったことがあるみたいじゃないか。話してみろよ」
森巣はテーブルに手を置き、足を組んだ。暗号? と記憶を探り、そういえばそうだったと思い出す。僕は暗号で新たなルールに気がついた。森巣は音楽に疎いようだし、これは彼では気付けなかったことだろう。
話をはぐらかされているのはわかっているが、誰かこの発見を伝えたかったので、話題に乗ってしまう。
「新しい暗号は『ジミが魚に会いに行く』だった。僕はジミ、と聞いてピンと来たんだ。ジミ、と言えばギターの神様、ジミ・ヘンドリックスだ。そこで、暗号に出てくる他の人物名と共通点があることに気がついた」
「共通点?」
「ブライアン・ジョーンズ、ジム・モリソン、ロン・ピッグペン・マッカーナン、ロバート・ジョンソン、そしてジミ・ヘンドリックス、全員超有名なミュージシャンだ」
「そいつらと同じ名前の人間は、ミュージシャン以外にもいるだろ」
「共通点はそれだけじゃない。全員、二十七歳でこの世を去っている。天才的ミュージシャンが二十七歳に死ぬ、偶然にしては多いから、彼らは悪魔と有名になる代わりに二十七歳で死ぬ契約を交わしたんじゃないかっていう伝説もあるんだ」
「それで?」
「馬鹿げているけど、昔はロックンロールは悪魔崇拝と結びつけられていたって言うし、ヤギは悪魔の象徴だろ? 強盗ヤギは銀行とかじゃなくて、個人経営の店を襲ってるから、金銭目的っていうよりも何かしらの儀式のつもりでやってるんじゃないかな。地図で襲われた店を繋いでみたら、何かのマークになっているとか」
これで、強盗ヤギの正体に大きく近づけるのではないか? 僕はそう思っていた。森巣はすぐに反応を示さず、「なるほど!」も「そうだったのか!」の一言もなく、ただまじまじと僕の顔を見ていた。
と思いきや、森巣は吹き出し、快活な笑い声を店内に響かせ始めた。
「平、お前は想像力がたくましいなあ」
「僕が間違えたってことはわかったけど、どう大間違いをしたのか説明して欲しい」
「屍体に蹴りを入れるけどいいのか?」
「傷口に塩くらいの言い方で頼むよ」
森巣は、息を整えてから、「強盗ヤギについて教えてやろう」と口を開いた。
放課後、カフェ『ル・セレクト』にやって来た。
「まあ、そうだよね」
店の前の立て看板は「CLOSED」となっている。昨日、強盗事件があったんだから、当たり前か。でも、立ち入り禁止のテープが貼られていたり、テレビで見たような綿をぽんぽんと叩く鑑識係の人がいることもなく、少し意外だった。
どうしようかと思案する。封筒にお金を入れてそっと置いておくか。それとも日を改るべきか、それにしても、いつ営業は再開されるのだろうか。
中に店の人がいないかな? と思いつつ、扉に手をかけると、開いた。
おそるおそる顔だけ中に入れる。
すぐに入口近くのテーブル席に座っている森巣を見つけ、「あ」と声が漏れた。
カウベルが鳴り、森巣も僕がやって来たことに気付き、ひどく意外そうな顔をしていた。お店は営業中ではなかったよな、と思いながら視線を彷徨わせると、カウンターの向こうにいたオーナーも、目を丸くしていた。
「平、どうしたんだ?」
森巣に訊ねられ、「君こそ」と言いながら、店の中に入る。
「僕は昨日、お金を払わなかったなって思い出したから」
もしかして、森巣もそれでここに来たのかと思ったのだが、森巣はすぐに「あー」と呑気な声をあげた。「忘れてたな。危ない危ない」
忘れてたのかよと思いつつ、オーナーさんに、「昨夜はすいませんでした。お金も払わず。
動転していて」と頭を下げる。
「いいですよ、こちらこそ、折角お越しいただいたのにすいません」
オーナーが謝ることではないでしょうに、と思いつつ、財布を取り出す。
「払います」「いいですよ」「払います」「大丈夫です」という応酬を続けていたら、森巣に「まあ、こっちに来いよ」と促され、森巣の向かいの席に移動する。
「森巣はここで何をしてるわけ?」
「ずる休みだ」
ちらりと後ろを見て、オーナーが離れているのを確認してから、声を落として話かける。
「小此木さんに聞いたぞ。次にこのお店が襲われることを知っていたそうじゃないか」
「ああ、ここは有力候補の一つだった」
「どうして僕に黙っていたのさ」
「昨日、店で言ったじゃないか。今日は推理じゃなくて調査で来たって」
「それだけでわかるわけないじゃないか」
悪びれる様子のない森巣を見ながら思う。小此木さん、僕は森巣を信じていいのかやっぱりわかりません。
「危ない目にあったらどうするつもりだったんだよ」
「平を守るくらい自信はあった」
「銃を持った相手だ」
「銃でもナイフでも関係ない」
「僕はあるんだよ!」と小さく叫ぶ。
頭の中にある文句を手当たり次第掴んでは森巣に向かって投げる。だが、ひょいひょいとかわさているようで、手応えがない。
「そうだ、メッセージを読んだぞ。何か暗号でわかったことがあるみたいじゃないか。話してみろよ」
森巣はテーブルに手を置き、足を組んだ。暗号? と記憶を探り、そういえばそうだったと思い出す。僕は暗号で新たなルールに気がついた。森巣は音楽に疎いようだし、これは彼では気付けなかったことだろう。
話をはぐらかされているのはわかっているが、誰かこの発見を伝えたかったので、話題に乗ってしまう。
「新しい暗号は『ジミが魚に会いに行く』だった。僕はジミ、と聞いてピンと来たんだ。ジミ、と言えばギターの神様、ジミ・ヘンドリックスだ。そこで、暗号に出てくる他の人物名と共通点があることに気がついた」
「共通点?」
「ブライアン・ジョーンズ、ジム・モリソン、ロン・ピッグペン・マッカーナン、ロバート・ジョンソン、そしてジミ・ヘンドリックス、全員超有名なミュージシャンだ」
「そいつらと同じ名前の人間は、ミュージシャン以外にもいるだろ」
「共通点はそれだけじゃない。全員、二十七歳でこの世を去っている。天才的ミュージシャンが二十七歳に死ぬ、偶然にしては多いから、彼らは悪魔と有名になる代わりに二十七歳で死ぬ契約を交わしたんじゃないかっていう伝説もあるんだ」
「それで?」
「馬鹿げているけど、昔はロックンロールは悪魔崇拝と結びつけられていたって言うし、ヤギは悪魔の象徴だろ? 強盗ヤギは銀行とかじゃなくて、個人経営の店を襲ってるから、金銭目的っていうよりも何かしらの儀式のつもりでやってるんじゃないかな。地図で襲われた店を繋いでみたら、何かのマークになっているとか」
これで、強盗ヤギの正体に大きく近づけるのではないか? 僕はそう思っていた。森巣はすぐに反応を示さず、「なるほど!」も「そうだったのか!」の一言もなく、ただまじまじと僕の顔を見ていた。
と思いきや、森巣は吹き出し、快活な笑い声を店内に響かせ始めた。
「平、お前は想像力がたくましいなあ」
「僕が間違えたってことはわかったけど、どう大間違いをしたのか説明して欲しい」
「屍体に蹴りを入れるけどいいのか?」
「傷口に塩くらいの言い方で頼むよ」
森巣は、息を整えてから、「強盗ヤギについて教えてやろう」と口を開いた。