第14話

文字数 1,880文字

14。

「ポテトは好きだけど手が汚れるからなぁ……」
手を洗いながら呟く。
私は、どうやら“怒る”っていうことが人より下手くそらしい。イラつかれたり、可愛げがなかったり、いろいろ言われるなかで、“どこで怒ってる?”ともよく言われる。どこで?って……どういう疑問よ。
ポーチからハンカチを出して、手をふく。
さてと、ブランコのとこで待ってようかな……。
売場に戻ろうとしたとき、声が聞こえる。祭り会場の別方向から。
「返せよ!」
公園から出た少し先のところから高いキーの声が聞こえた。わいわいする声と混ざってるから、なんだかよくわからないが、じゃれてる訳じゃない気がする……。それにカズイの声に似てるような……
気になって、公園をでる。どっから聞こえるんだ……?すぐ前は小道を挟んで団地の棟が建っている。棟と棟の間から聞こえてくるような……。
そこには後ろ姿だから分かりにくいが、からだの大きさから、5、6年生ぐらいの男子?がいて、その向こう側には少し身長の低い子たちがいるような……手前の子がずれて奥の子たちがチラッと見えた。

あれって、さっきカズイに手を振ってた…

「なにしてんの?」
考えるより先に声が出た。
「あー?」と言って振り返った男子は坂下だった。もうひとりは分からないが、たぶん坂下の同級生だろう。
「またお前かよ……」

こっちのセリフです……。

「何してるんですか?」
奥にいた子がその隙にこちらに走ってくる。その走ってくる子達を見て、愕然とする。
「お姉ちゃん!」
やっぱり、あの声はカズイだったのね。
私の後ろに3人とも避難したのを確認して、坂下を見る。
内心、心臓の動きがバカみたいに活性化されていた。カズイがここにいるということが、私にとってなかったことにしたい現実だ。喘息が起こったらどうしよう……、坂下がどうとかいうより、そのことでどきどきしていた。
「何してたの、カズイ」
「だって、あの人、お姉ちゃんのリュックについてたやつ盗ったって言ってたから……!」
「言ってねえ!」
「言った!見たらお姉ちゃんのだったから!だから……!」
「返してもらおうとしたの?」
「うん」

カズイ……。

思わずグッとくる。まだ体が小さいから、高学年に言うのは怖かったと思うのに…。
「盗ってねえっていってるだろ?!
「それはお姉ちゃんのだ!」
「こんなのどこにでもあるだろ?!
どこにでもあると思ってるんだ。それをどうしてそんなにほしいかね……。
「いこう、カズイ」
「でも……!」
「いいの。友だちもビックリしてるじゃない。今日はそんなことしに来たんじゃないでしょ?」
「……そうだけど」
「ね、楽しも」
「……うん」
納得のいかない顔のカズイ。心配そうなカズイの友だち。無鉄砲なカズイにつられて怖い思いをしただろうに、カズイから離れないで、心配してくれているようだ。

いい友だちじゃない。

そこから立ち去ろうとしたとき、
「おい!」
振り返ると坂下が仁王立ち。
「謝れよ」

は?

「盗ったとか言われて、気分悪いじゃねえか。謝れよ」
本気で言ってるのかな?
私の中のスイッチがカチッと鳴る。一気に気持ちが冷静になる。
「カズイ、先に行きなさい」
「え……」
「ヒロノたちいるから、行きなさい」
「…うん」
カズイたちを先に行かせて、坂下に向き合う。ちょっと息を吸う。
「それ、私のよ」
声が正面に向かってスーッと通る。
「は?名前でもかいてあんのかよ」
「書いてあるよ」
「え……」
一瞬、時間が止まる坂下。
「そんだけ大事に持ってるんならあげるわ」
「名前書いてるなんて嘘だろ」
「ウソよ」
「は?」
ちょっと間が空いて……坂下がなんか言おうと息を吸った瞬間に言葉を挟む。
「私が作ったの」
「っ…うぇ……?」
間の抜けた声が場に流れる。
「私が作ったから、名前書いてなくても私のだって分かるわよ。この世のなかに1個しかないの。分かる?1個しかないものをあんたが持ってんの。私があげてもないのに」
「落ちてたのを拾ったかもしれないだろ?!
「そうじゃないってわかってるでしょ?聞いたらみんなが分かるよ」
私はみんなが言うほど坂下だけが悪いとか、そんな風には思ってない。人って思ってる以上に知らないことがあって、裏っかわのことなんて誰もわからない。だから、だいたいのことは「いいや」って思える。自分に対してのことなら別にどうでもいい。ただ……
「カズイに謝れって言ったわね…、許さないわよ」
私はカズイの姉ちゃんだ。
カズイを傷つけることは許さない。私の唯一、守るべき弟。
「カズイを傷つけることは、許さない」
私にとって、それが全部なんだ。
まあ……
こんなとこで決意表明するとは思わなかったけど。
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