第16話

文字数 2,611文字

16。

せっかく、楽しみにしていたお祭りだったのに……

坂下は家に向かって走りながら唇をかみしめた。いつもそうだ。こんなつもりじゃないんだ。俺だって、こんな風にしたい訳じゃないんだ……。
いつしか走っていた足は、ゆっくりとした歩調になり、歩き出して、止まった。

帰りたくないんだよ…

自分ちがある棟の目の前で、足が止まる。
くるりと方向を変える。自分の帰るべき棟から少し離れたところに鉄棒と滑り台だけの小さな公園があった。そこまで行き、鉄棒に寄りかかる。
転校してきたときは、新しい場所で頑張ろうと思ったんだ。転校したくはなかったけれど、仕方がないんだ。妹の病気がよくなるためだから、俺はお兄ちゃんだから。
「習い事もしていいって、言ってたのに…」
最初に仲良くなった友だちは、高橋だった。声をかけてくれて、登下校も一緒で、分からないこととかも、教えてくれて。ほんとに優しいやつで、一緒にいて楽しかったし、高橋がしているバスケも、ほんとに俺もやりたかったんだ…。
妹が作ってくれたお守りもほんとにある。でも、折り紙で作ったやつで、病室でしんどくないときに作ってくれたやつで…。
ポケットから折り紙で作ったお星さまを出す。ずっと持ってるから、もうボロボロだ……。
マホロのマスコットは、妹が病院でマホロを見かけたときに、かわいいって言ってたのを不意に思い出したからだった。一瞬、しんどそうな顔や泣いてる顔が浮かんだ。だからってなんで持ってきちゃったのか、俺も分からない。

俺が、悪い……。

それぐらい分かってる…。
マホロは…転校してきたとき、朝礼でみんなの前で挨拶をした。ハッキリと名前と学年を言って、2年生で、途中からの転校で、なのにちゃんとしていた。俺にはそう見えた。マホロは3年生になるまで、ひとりでいることが多かった。だけど、誰に何を言うわけでもなく、普通に過ごしていた。弟の面倒を見ながら、図書館へ行って勉強をしていた。
ひとりだったマホロにある日、友だちができていた。
俺は、ちょっと心配した。俺みたいにしんどい思いするぞって思ってた。

けど……

マホロのまわりには、友だちが寄ってきた。何だか……悔しかった。何が違うんだろう……俺はいつの間にか、マホロが嫌になっていた。

こんなの……
俺って……こんななんだ……

ズボンにつけているマスコットを手にとってみる。
ウソじゃなかったのに、ウソになったこと、いっぱいありすぎて…もう…
「俺だって…こんな俺……いやだよ…」
本当のこと言ってるのに、嘘になっていくんだ……。友だちが……いなくなってくんだ。
涙が溢れてくる。
「坂下……?」
久しぶりに聞く声にビックリしすぎて動きが止まった。
「おまえ、もう帰るの?」
顔が向けられない。この声は、俺がずっと聞きたいと思ってた声だけど、もし、この声の持ち主が、俺のことをすごく軽蔑した目で見ていたら、俺は、もう立ち直れない……。
目をぎゅっと閉じて、開けられない。
「坂下…、おい、聞こえてんだろ?」
肩に手が触れる感覚がした。
「うわっ!」
「うわっ…!」
ビックリして手を払うと同時に声も出た。
「なんだよ、俺だってば、高橋」
「わ、わかって…るよ…」
何モジモジしてんだ、俺!ほんとは逃げたいけど、足が動かない。
「な、ど、どうしたんだよ…」
「…うん、おまえにさ、ちゃんと言おうと思ってさ」
辺りの風も音も、何もかも止まった気がした。

ああ……とうとう、切られるのかな……

一気に、絶望の縁に突き落とされた感じになる。せっかく友だちになった高橋を、遠ざけちゃったのは俺だし、でも、切れちゃうのは…嫌だな……。けど、どうしようもないのかな……。
「うん…、なに…」
「うん……。あのな、坂下、俺、自分なりに考えたんだ。おまえが言ったこと。遠慮、してたかもな、俺」



俺の顔が高橋に向く。
「ごめんな。話しかけてくんなとか言って。悪かった。ごめん」
「高橋……、そんな、俺、俺の方が悪いんだ!謝るなよ!俺こそ、ごめん!バスケ、お前が辞めて、俺のせいでいつもおまえも怒られて、クラスも変わっちゃって…!ごめんよ、ほんと、ごめん……」
「坂下……バスケ辞めたの気にしてたのか……?」
「気にするに決まってんだろ!おまえ、バスケ好きじゃんか!俺だって好きだけど、でも、おまえはずっとバスケしてたのに俺のせいでできなくなったんだって……!」
「俺は、俺は、おまえをバスケに誘ったせいでしんどい思いしてるって思ってさ…」
「何でだよ!嬉しいに決まってるだろ?!ホントにやりたかったんだ!でも、なかなかうまくいかなくて、できんくて…!おまえにも悪くて……」
「なんで俺に悪いんだよ、俺はお前が嫌だったのかと……」
「嬉しかったって言ってんだろ?!ホントに…ホントに嬉しかったんだ……。俺は、おまえと友だちで嬉しかったんだ……」
「坂下……」
俺は、最後はカッコ悪いほど泣いて、ダサダサな姿を見せてしまった。でも、もう止まらなくて、思ってたことを高橋にぶつけてしまった。
高橋は、驚いていたが、ずっと近くにいて、俺が落ち着くのを待っていてくれた。
どうして、最初から、俺は言えなかったんだろう?本当のことをちゃんと高橋に言っておけば、こんなしんどい思いをしなくてすんだかもしれない。
「……高橋、ごめんな」
「……何でだよ、謝んなよ。俺だって悪いんだ。ちゃんと言えばよかった」
「たかはしー……」
「ああもう!泣くなよ!お祭り終わるだろ?行くぞ!」
「うぇ…?」
「間抜けな声だしてんなよ。ちょっとしかないかもだけどさ、行こうぜ。マホロがいたら謝らなきゃだしさ」
「うん……」
「俺も一緒に謝る。マスコット、返すだろ?」
「知ってんの?このこと……」
「うー…、まあ…。サカエっていただろ?マホロの友だちに。あいつと知り合いだから俺」
「ああ、何かいろいろいるな~あいつのまわり……」
「おまえにだって、俺がいるだろ」

うっ…、それって……

「だーから!泣かない!いろいろはお前が言いたいときに言ってくれたらいいよ。これからのことは、遠慮しないで俺は聞くよ」
「今までのも聞けよ。言うよ」
「なんだよ、それ。じゃあ最初から言えよ」
「ほんとだな、回りくどいな…」
「いいよ、友だちだもんな」
今日は、驚くほど泣いて、寂しくて、辛くて、つぶれそうで、でも、温かくて、ちゃんと伝えることができて……。
俺は、自分を嫌いなままで卒業するのかと思っていたけど、そうじゃなくなったかもしれない。

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