第18話

文字数 1,823文字

水族館は、ちょっと薄暗くて、水槽の水面がゆらゆらして心地がいい。
「ごめんね由寿(ユズ)、待たせてるね」
「いいよ、ゆっくり選んで」
由寿(ユズ)は楽しそうにぬいぐるみを選んでいる明日菜(アスナ)に満足していた。
彼女はもともとゆっくりとした時間経過の中にいる。学校の行事はみんなが同じことをするから、自分の時間軸で動くことは難しい。決していけないことではないのに、まるでいけないことのように扱われることに、ボクは少し不快感を感じている。けれど、この感情は逆の立場でもそうなのだろう…。きっとどちらが悪いと言う話ではないとボクは思っている。
明日菜も周りより時間がかかったり、時間を気にすると余計に手間取ったりはするけれど、みんなとこうして行動することは嫌いなわけではないのだ。人は、苦手=嫌いだと思いがちだが、そうではないことだってあるのだ。
ボクは少し、同じ世代の子たちと上手く空間を共有できない。一緒に騒ぐ、ということがあまり得意ではない。
例えば、「お楽しみ会」というものがある。みんなが頑張ったら、先生が「お楽しみ会」を開いてくれる。これは名前の通り、クラスでやりたいことが出来るのだが、だいたい「かくれんぼ」「ドッチボール」「校庭で遊ぶ」等みんなでワイワイ騒ぐことが行われることになる。ボクは、眈々とこなすとこは出来るが、周りが期待する「騒ぐ」という空気感と同じことが難しい。その結果、「由寿~、やりたくないなら言いなよ」「由寿、楽しくないの?」なんてことを言われて、引かれる。楽しくないわけではないし、参加してないわけではないんだけれど、どうやら周囲は不快感を感じるらしい。ボクにはそれをどーにかしようという発想はなかった。

 でも……

明日菜は、ちょっと違った。
4年生の時、初めて同じクラスになった彼女は、給食を食べることが苦手な様子だった。食べることが苦手というよりは、時間内に食べ終わることが難しいようだった。特に、4時間目が特別活動などで、時間が押してしまった時、どうしても食べる時間が短くなった。これはどうしようもないことだけれど、給食の時間がちゃんと時間通りであっても少し時間を要する明日菜が、上手く回避できることはなく。
けれど、彼女は考えたんだ。頑張っても食べきれなかったときには、職員室や保健室に移動して、そこで食べて食器を洗って返していた。ボクは、そのときの行動にちょっと驚いて、明日菜に聞いたんだ。どうしてそこまでするの?残してもいいのにって。すると彼女は
「え、食べたいんだけど、どうしても早くは食べれないから。どうしたらいいか考えてみたの」
ボクは……ちょっと感動したんだ。苦手なことから逃げ出したいはずだし、嫌なはずなのに、そうじゃないことを選んで、自分自身をちゃんと知ってる明日菜はすごいって。苦手なことが=嫌いってことでなくていいんだっていう、なんだかすごい可能性に。
だから、ボクは、明日菜がこうしてみんなと同じ時間を過ごしながら楽しんでいる姿がとても嬉しい。
「由寿ー」
気づけば、会計を済ませたのか、にっこにこの明日菜が目の前にいた。
「欲しいのが買えたか?」
「うん。ユズ、手だして」
私が手を出すと、私の手のひらをわざわざうえに向け直し、その上にそっと何かを置いた。
「ん?何だ?」
小さなもふっとした感触。見ると青い亀のぬいぐるみだった。小さな手のひらサイズで、丸こくてかわいい。
「おー、かわいいな」
「でしょー?私はピンクなの~。ガチャガチャしたら出てきた。ユズ、ひとつ貰ってね」
「いいの?」
「もちろん」
ボクは、明日菜のテンポはそれでいいと思ってる。人はそれぞれだから。
「あ、真称(マホロ)だ」
明日菜が向いている方向に真称が見えたようだ。
「あっちに行ったってことは大水槽だな」
「由寿見たいんだよね?私たちも行こうよ」
「そうだな」
他のグループとの共有は、気を使ってしまうけれど、真称と尋乃(ヒロノ)は取り繕う必要がなくて楽だ。

「……何だか由寿って、賢い人?」

そんな風に言われたのは初めてだった。言葉を選ばない人だなと、おかしくなった。と同時に嫌ではなくて、言葉通りの意見なのだろうなと思えた。女子間で噂の真称って、ひそひそ言われている人物像とちょっと違う…。
 
 みんなは人のどこを見ているのだろう…

そんなことを考えながら、明日菜と大水槽へ向かう。

 ん?

気のせいだろうか。ボクたちと同じくらいの小学生がいるが、さっきから同じ方向へ向かってる。まあ、見るものが一緒なんだろうが…。
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