第22話

文字数 2,105文字

回りに回って、今は水族館の外ブースへ出てきた。ここではアシカやイルカのショーがおこなわれるのだけれど、今はショーの時間ではないので、人がいない。中央に巨大な水槽があり、水面は静かだ。そこを囲む観客席はうしろになるにしたがって高くなり、ショーが見えやすい形状になっている。
人がいないこの場所は、より大きく感じる。水槽のすぐ横を歩きながら、ちょっと寒気を感じる。右に視線を持っていくと、私の身長よりもずっと高い位置に水槽の上の部分があり、厚いガラスがあるとは言え、柵がさらにあるとは言え、水中の状態がすぐ真横にある。何も泳いでないので、飛沫が飛んでくるわけでもないのだけれど、何だかちょっとゾワッとする。

ああ、ダメだ……ちょっと震える……。

「……離してよ」
「あ……」
掴んでいた手の力が緩んだときに、遊陸(ユウリ)から少し離れる。掴まれてた左腕を少しさすりながら、相手を見る。
「どうしてこんなことするの?」
「……だな」

え、反応が…なんか難しい……

「私、行っていい…よね?」
「マホロ…」
遊陸、私の方を見る。
「お前がチクったんじゃないって…分かってるんだ、ほんとは…」

え……

背を向けようとしたが、遊陸の声がパンフレットを破ったときと違っていて、調子が狂う。
「それってどういう……」
「俺って怖いのかな?」
「え?」
「顔はさ、一緒なんだけど、違うんだよ。俺は光陸(ヒカリ)じゃないんだよ。あんな風にうまく言えないんだよ」

話が見えません…。

何を突然言い出したのか、全く分からない。だいたい、よく分からないまま、前に在籍していたとは言え、思い出の薄い学校の4年間会ってないクラスメイトに、突然腕掴まれてって……何事よ…。そんな私に何を普通に話しているのか…よく分かんないわ。
「たぶん、俺のことウザいってみんな思ってんだ……」
「……」
「だから、きっとあの時のこともお前じゃない……」
「……」
「ムカついてるのは、俺にだと思う」
どうして…こんな懺悔のような告白…?
私は、遊陸を覚えていなかったことが、何だか申し訳なくなった。だって、彼はまるで全身で泣いているようだった。
「今日さ、私を通せんぼした2人組さ……」
「おお……」
「あんたのこと友だちだと思ってるんでしょ?彼らに聞いてみたら?私に言わないでさ」
「言えるかよ」
「なんで」
「なんでって…そりゃ…」
「ひとりで考えるには限界があるって思うけど…」
「……うるせえな」
遊陸の反応も気になるけど、私は自分のからだの異変に戸惑っていた。突然、腕掴まれてここに連れてこられたからだと思うけれど、背筋の辺りがゾクッとする感じがずっとある。それどころかちょっとずつ、心臓のドキドキが大きな音になって耳に残る。これって回りにも聞こえているのかな?
「と、とにかく、私に言うのっておかしくない?」
「……まあ、そうだよな…」
「とにかく、もうすぐ集合時間だし、私は行くからね」
「ええ~、まだいいんじゃなーい?」
私の後ろから声がかかる。振り返るとそこには紺色リュック集団が…。
5人……?多いな…。
「もうちょっとトラブル的なこと起こしてくれないと困るんだけどな、ユウリ」
「とうとう(つら)だしたか。時間ねえから焦ったんだろ、頭悪ぃ」
「なんだと!」
遊陸が私の前にスッと立ちはだかる。
「どーもおかしいと思ったんだよなー。俺の回りで俺がやったみたいにトラブル起きんのが」

何ですか?なんの話よ。巻き込まれてます?私…。

「お前らが真称に会ってから、挙動不審だったから絶対動くと思ったわ。ビンゴだな~」
「なんだよ、それ…」
「ごめんな、マホロ。せっかくだったのに、これじゃあ忘れてて当然だな……」
え、なんだなんだ、さっきまでのユウリと違う。
「いい具合に転校したから、チクったのマホロだってことにしたのに、こんなとこで会って、光陸(ヒカリ)とも話してたし……!」
「だよな、嘘ってさ、1個ばれたら全部嘘だってなるもんなー。お前が俺に近付いてきたのもこのときからだったよな?」
「目障りだったんだ!双子だってだけで目立ちやがって!」

うーん……見えない話って流行ってんのね……。

にしても、なんで旅行先でトラブル起こすかね。
「あのさ、私、もうそろそろ解放してもろて……」
「うるせえ!」
はあ、私、結構本気でペンギン見たかったんですけど!そんで、できたら早くここから離れたいんですけどっ!ぞわぞわが気持ち悪いくらい体を巡ってる気がする…。もう限界かな?と思い始めたとき、
「あーここじゃない?イルカのショーがあるの」
「ほんと。でも、やっぱりまだ時間あるじゃんか」
「良いじゃない、早めに座っといても」
突然、2ヶ所ある入り口から、観光客がゾロゾロ入ってきた。
あちこちでいろんな会話がされている。
「え、な、何…」
私も呆然とするが、遊陸も、私たちに悪態をついていた5人組も唖然としている。どんどん人が入って来て、あっという間にガランとしていた空間は、しっかりと観光ルートの様相を呈していた。人混みに押され、当たらないように避けていると、不意に手を取られる。

えっ…

思わず身体を固くする。と、私を掴んだ相手を見て力が抜けた。
「しっ」
口に人差し指を当てて、静かにしてのサインをしている誠斗(マコト)がいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み