第1話

文字数 2,337文字

【番外編】カズイの冒険

ドキドキする……。
僕は今日から1年生になる。
お姉ちゃんと同じ学校の1年生。病院の亜紀子(アキコ)先生は、たくさん食べて、たくさん運動して、たくさん勉強しなさいねと言った。僕は、病院に行くことが多くて、看護師さんのお友だちは多いけど、お姉ちゃんみたいに遊べる友だちは少ない。
僕は、お姉ちゃんみたいに友だちがほしいんだ。
「カズイ、今日からはお姉ちゃんと帰ってくるんじゃなくて、自分で帰ってくるのよ」
入学式のために学校までの道をお姉ちゃんと歩く。
「分かってるよ、お姉ちゃん、心配しすぎ……」
「そう?」
初めて背負うこの学校のリュックは、まだ中になにも入ってないから軽い。上履き入れも好きな青いやつで、飛行機の柄だ。
中に入っている上履きは、今日初めて履く。
「嬉しそう。楽しみ?」
「うん、もちろん」
昨日はゆっくりと過ごしたし、ぜんそくだってきっとおきない。

クラスは1年2組だった。
下駄箱から教室までお姉ちゃんが一緒に来てくれた。お母さんは、後から来ると言っていた。仕事が忙しいのだ。お姉ちゃんは式に参加はしないけど、家で待っててくれるって言っていた。
「お母さんが来るまでは廊下にいるからね」
お姉ちゃんの言葉を思い出して、チラッと廊下を見る。大人に混じって子どもがひとり、こっちを向いてにっこり笑ってくれている。
僕のお姉ちゃんは、どの大人よりかっこいい。
思わずグッと背筋が延びる。カズイは、自分の名前が書かれた机に目を落として、前を向く。

“にゅうがく おめでとう!”

桜の花が満開の絵がかかれている。
僕はあの文字も読めるぞ。お姉ちゃんが教えてくれたんだ。保育園で文字を書ける子がいるって話したら、少しずつ教えてくれたんだ。小さい字とか難しいけれど、絵本を読んで教えてもらったから、だいぶ読めるぞ。あれは、にゅうがくおめでとうって書いてある。
「カズくん、同じクラスだね」
不意に声をかけられて、後ろを振り返る。
「セナちゃん!」
保育園でも一緒だったセナちゃんがにっこり笑顔で後ろの席に座った。長かった髪が肩までになっている。青いリボンで2つにくくった髪型はかわいい。
「知らない子が多いから、カズくんいてくれてよかったよ~」
「僕も、セナちゃんいてよかった~」
そうやって話してると
「何が よかった~だよ。なよなよしやがって」
声のした方を見ると、僕と同じくらいの背丈で、短髪の男の子がいた。
「何よ、嫌な言い方しないで」
きっぱりと言う辺り、さすがセナちゃんだ。相手は一瞬ひるんで、「フン……」と言うと自分の席に戻った。
「何よ、やな感じ」
僕もそう思った。そして……


こうなる予感はあったけどさ……。
学校から団地までは大きな道路があるため、そこを横切らなくてはいけない。横断歩道はわたってはいけないといわれているので、ちょっと先にある歩道橋を通るんだけど……
「どいてよ、通れない」
その歩道橋の登り口に男の子が2人仁王立ちしてる。僕以外が通ると道を開けてくれるけれど、僕が通ろうとすると通せんぼするのだ。
「通れないようにしてるからな、通れないだろうな」
分かるような分からないようなことを言って、どうだって顔してるのは、教室で「なよなよしやがって」って言ったあの子だ。あの後の自己紹介で名前が桜大(オウタ)だと知った。
「なんでそんなことするの?」
「そ、それは…気に入らねえからだ」
「何が気に入らないの?今日会ったばっかりだよ?」
「そ、それは…」
言葉につまっている桜大を見て、ため息をついたのは、隣で同じように通せんぼしている同級生。彼は確か……
(タスク)くんも、桜大くんと同じ?僕のことが気に入らないの?」
「……ん~、オレはオウタが気に入らないって言うなら……」

なんだよそれ……

話しにならない…。
「で、ずっとそうしてるの?」
「そうだよ、これで帰れないだろ?」
「そうだね」
「だろ~?」
「でも、それだと君たちも帰れないね」
「「あ……」」
腕組みはそのままに、ポカンとする2人。
「……とにかく、歩道橋は渡る?ここにいたら他の人にも邪魔だし」
「そ、そうだな」
妙に素直で、僕の言うことをすんなり聞いてくれる。そのギャップにちょっと力が抜ける。
僕にとって、学校から家まで歩いて帰るということは、結構な冒険だ。これまで、1人で家から出て、1人で帰ることがなかったから。そんな中、こういうハプニングがあると思わずイベント発生?!って思ってしまって、ちょっとワクワクしてしまう。
お姉ちゃんと違って、外で遊ぶことがあまりなかった僕は、おじいちゃんからゲームを買ってもらえた。1人でいなきゃいけない時の大切な友だちだ。病院へ行って治療だの検査だのと増える度にゲームが増えていった。
だからなのかな?よく突然おきることを「イベント」だと感じる。そうするとクリアしなくちゃと思えて、ちょっと元気になる。お姉ちゃんは、それを聞いて、何それって笑って「それもいいね」と頭を撫でてくれた。
だから、今回の通せんぼはきっと、学校へ行くためのイベントなんだ。
渡っている最中、桜大が「逃げるなよ」と話しかけてきた。
逃げるなって……通せんぼして、帰れないって泣く姿を見たいのかな?だとしたら変な人だな。
歩道橋をわたり終えると、向こう側からお姉ちゃんの友だちが現れた。
「あれ?カズイ、今、帰りなの?」
視線が合って、声をかけられる。
確か……
「ツネくん」
「お、よく覚えてたね。ちょうど今からマホロんとこ行くから、一緒に帰ろうか」
「うん、いいけど。ちょっと待って、用事が……」
振り返ると、そこには誰もおらず、辺りを見回したけど、さっきまでいた桜大と丞の姿はなかった。
「あ、れ……?」
「ん?どうかしたの?」
「うううん、なんでもない」
なんだったんだ。逃げんなって言ってたよね?
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