第30話

文字数 1,992文字

 まずい…ほんとに楽しかった。

 まだ終わったわけではないけれど、気持ちはすっかり、燃え付きかけていた。あとはバスに揺られて帰るだけ……。
 家族で旅行とかしたこともないし、ましてや遊園地とか水族館とか行ったこともなかったから、全部が初めてで…なんだかふわふわしている。私のなかに嬉しいっていう感情がこれだけ長く居座っていることにも戸惑ってしまって…。
 今は集合場所に来ている。まだ時間はたっぷりあるのだけれど、疲れたのか、どきどきしてなんだか落ち着かなくて、みんなより、ひと足先に集合場所に来たのだ。
 尋乃(ヒロノ)は、一緒に行くと騒いだが、ライドシューティングにもう一回乗りたいらしいことを春崇(ハルタカ)から聞いていたので、丁寧に断った。
 みんなそれぞれ気になるとこへ最後の一回を楽しみに行った。ほとんどがジェットコースターだった気がする。
「みんなすごいパワフル…」
 ってか、私が体力無さすぎ…?
 パラパラと早めに集合場所へ来たらしい小学生がいるが、数人だ。
 私は、周囲を見回して、空いたベンチを見つけて座る。
「……ふぅ」
 ゆっくりと息を吐く。
 いろいろあったな……。
 私は、本当は、修学旅行が怖かった。
 もしかしたら、私は誰にも見えてなくて、バスが先に出ちゃってひとりになって、誰も探してくれなくて、うまく楽しめないかも、迷惑がかかるかも……。いろんな「まさか」を考えて、気持ちがへこんだ。みんなで、いつメンで行動することが、本当に出来るって思ってなかった。いつでも期待するとうまくいかなくて、いつの間にか期待しないことが普通になっていた。
 なんだかひとりになると、気持ちの整理っていうか、どう感じたかをハッキリ認識できるというか。
 手元を見つめる。
 今回は、最初から、いつもの感じじゃなくって……、私の周りで現実に起こっていることじゃないような…そんな気がしていた。出発前からイツメンで集まって、尋乃とバスでの女子トーク。明日菜(アスナ)由寿(ユズ)たちとの班活動。全てが自分の時間だった。
 トラブルもあったけど、でも、今回は…仲間がいた。私を心配してくれる友だちがいたのだ。それは、初めてのことで、初めて実感というか……“あっ”て思って、まっすぐに触れたというか…。初めての気持ち……ほっこりするような…、泣けてくるような…。だからなのか
「うーん……疲れ…た?」
 のかな?感じたことない感情に振り回されたからなのだろうか?なんだか、突然、どくどくいいだす胸の当たり…。けれど、そんなことも、ひとりじゃなくて話すことが出来たんだよね。
 玄都(ゲント)との話でなんとなくアトラクションのせいかな?かもな?と思えた。だからかな…今はおかしくない。…うん、普通だ。
「マホロ」
「え」
 突然呼ばれて振り返るとそこには誠斗(マコト)がいた。
「何、百面相?コロコロ表情変わってさ……」
「え、ジェットコースター終わった?」
「……うん」
「え、早いね。みんなは?」
「あー……」
「?」
 誠斗、空を見たり、頭をかいたり、挙動不審……?
「どしたの、マコ」
「え!いや……えっと……」
「?」
「あー……ごめん、嘘ついた」
「え……」
「俺も行かなかった…」
「え……疲れたの?」
「いや……っと……あー、ほら、水族館であんまお土産見れなかっただろ?だから……」
「あ、そか。ごめんね、へんなトラブルに合ったからね……」
「え、いや、違う!真称(マホロ)は悪くないだろ?!
「……マコ?」
 いつものマコっぽくない言い方…。
「い、いや、だから……ああーもう!マホロが……だよ」

 ん?わたし?

 話がどんどん見えなくなってきて、ちょっと混乱気味のマホロ。そんな彼女の表情に、伝わってないことを感じ取ったマコ。慌てる……。
「だから、ほら!見れなかっただろ?土産!いろいろあって!な…?えと、えと、だから……」
「だから?」
「だから!見に行くぞ!お土産だけでもゆっくり見ろよ。俺も一緒に行くから!」

 ほえ……?

「なんか調子悪そうだったろ?たくさん人がいるとこを行くのがしんどいかなって思ったんだけど……一維(カズイ)にも買っていきたいだろ?」
 なんか、言いづらそうに、言葉を伝えてくれるマコ。私はそんなマコの態度にジーンとしていた。
「マコ、ジェットコースター……もう一回乗りたいって」
「あ?ああ、乗ったし、いいんだよ別に」

 いいわけないのに……

「いつも……」
「ん?」
「いつも…気づいてくれて、ありがと」
「うぇ?……う、うん」
「すぐに言わなくて、ごめん」
「…うん」
「ありがと」
「おう。もうさ、いいから。行くぞ!」
 作ろうとしなくても笑顔がこぼれてくる。頑張らなくても、ここにいていいって思わせてくれる。
 優しいってことが、こんな風なことかと、分かった気がする…。
「うん!行く」
 私にはきっと、忘れられない思い出になるんだろう。みんなの中からはふわっと脱出してしまったとしても、私だけはきっと忘れない。そんな気がする。
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