第2話

文字数 4,244文字

2。

「ふーっ……」
「カズくん、ため息が大人みたい……」
セナちゃんが感心したように言う。
思わず苦笑いしてしまった。
入学から1ヶ月が過ぎた。ゴールデンウィークが過ぎると、なんだか授業もそれらしくなっていった。最初は、自己紹介とか仲良くしましょうゲームだったりとかで、保育園の方が厳しかったように感じたけれど、5月になって急に「1年生らしく」を言われはじめた。そうなると、雰囲気も変わってくる。できないことが増えていく感じがした。「出来たこと」より「出来ないこと」がたくさんあることに気付いていく。学校へ行ったら楽しいと思っていたんだけどな…。
今は長休みの時間。校庭横のビオトープでセナちゃんと隼典(シュンスケ)くんと3人で水草やメダカを見ていた。
隼典くんは小学校に来てから友だちになった男の子で、生き物に詳しい。僕は保育園だったけど、シュンスケくんは幼稚園に通っていたそうだ。幼稚園では大好きな生き物の話をたくさん聞いたと言っていた。あまり詳しくない僕にも分かるように話してくれる。ゆっくりと話して、にっこり笑う彼の雰囲気が、僕は好きだ。
「ずいぶん温かくなったね」
ビオトープの水面を見つめながら、シュンスケくんが言う。
「そうだね。ママが初夏だわ、って言ってた」
セナちゃんが、腰に手を当てて、ママの真似をして言う。セナちゃんママはすごくおしゃれなママだ。
「外でお日様にあたると、気持ちいいね」
シュンスケくんがぽくっと笑った。
「うん」
20分の長休み。思わずお昼寝したくなるような、ゆるりとした時間だ。

ヒュッ……!

3人のすぐ近くで風が音を立てた。
すぐその後にボチャッと池に何かが落ちた音がする。
「え…」
ホワホワしていた3人の顔が一瞬で固まる。何が起こったかすぐに分からず、顔を見合わせる。
「な…」
セナちゃんがなに?って言葉を言い終わる前に、再びボチャッと池から音がする。
「きゃっ…!」
セナちゃんから小さな悲鳴があがる。何かが飛んできてほんとすぐ近くで落ちたのだ。
「セナちゃん!シュンスケくん!こっち!」
3人は頭を守るようにして、ビオトープから離れた。
「何?なんか飛んできた?」
「わからないけど、池になんか落ちたよね?」
まわりを見回していると、少し驚いたようにこちらを見ているお兄ちゃんが3人ぐらいいた。
「あのー、なんか飛んできたんですけど…」
思わず聞いてみる。
僕は、何か悪いことをしたのかな?わからなかったから聞いただけだったんだけれど、3人は何も答えてくれなかった。
こっち見てたから、何か見たのかな?と思ったけど、違ったのかな?
「えっと……」
「んだよ!」
「え……」
突然の大きな声にびっくりする。
「カズイくん、行こう。もう何も飛んできてないから」
シュンスケくんとセナちゃんもちょっと怖がってる。
「うん……」
行こうとすると、その3人のお兄ちゃんたちが、池に石を投げた。僕は見た。
ボチャン と水音がする。
「今……石投げた」
まわりを見ると、1年生がたくさんいた。さっきのもこの人たちが投げた石だったんだ。人がいるのに石とか投げる…?そうか…声かけたとき、大きな声だしたのって、後ろめたいことがあったからなんだ。お姉ちゃんが言ってた。人はまずいって思うと、相手に攻撃的になるって。
何人かは上級生が石を投げて遊んでいるのを見て、遊ぶのをやめていた。
僕は、こういうのは好きじゃない。危ないってわかっていてどーしてしちゃうんだ?
でも、嫌いだけど…小さい僕に何ができるんだろう?
「セナちゃん、先生に言おう」
「うん!」
職員室に向かおうとする。僕ができることって、先生に言うことぐらいしか…
「危ないだろ!やめろよ!」
聞いたことのある声に振り返る。
石を投げてた3人に向かって、堂々と注意しているのって……
「オウタ…?」
僕は、驚いていた。僕に嫌なことしてきた人とは同じじゃない気がした。
「え?オウタくん……?」
シュンスケくんもビックリしている。そう、オウタはクラスでは僕だけじゃなくてみんなにキツいこと言って、嫌がられている。だから、いけないことをしている上級生を注意するっていうのは、なんか、不思議な光景なのだ。
「なんだ?1年、えらそうに!」
さっき大きな声を出したお兄ちゃんが、また大きな声を出す。まわりにいた下級生は泣きそうな子もいる。
大きい子は、小さい子に優しくするものだって、お姉ちゃんは言ってた。オウタは間違ってない。でも、一人じゃ怖いよね。
「シュンスケくん、先生呼んできて」
「え、カズイくんは?え……!」
僕は、後ろで慌ててるっぽい声が聞こえたけど、オウタのところに走っていった。


あー…やっちゃった……

額を冷やしている保冷剤を手で押さえながら、ため息をつく。目に何かあったらいけないから、と言うことで、家に連絡しているって説明があった。
さっきまではお姉ちゃんがいた。お姉ちゃんは怒らない。いつも心配そうな顔をしている。

「大丈夫?」

お姉ちゃん、ごめん。あんな顔…させてしまった。すごく心配していたな……。
「イテテ……」
保冷剤が傷にあたって思わず声がでる。
「んー?どしたー?」
保健室の先生が反応する。
「え、大丈夫です」
「はは、だろうけど。ちょっと入るね」
カーテンが開けられて、先生が入ってくる。僕は体を起こして先生を見た。
「横になっていていいよ」
「大丈夫です」
「……そう?」
先生はベット横にイスを持ってくると、そこに座った。
「おでこ、診るね。うーん、赤くなってるけど、これは問題なさそう」
「はい」
「目は…見た感じは、ちょっと端が赤くなってる。痛い?」
「ちょっと…」
「うん。目のとこは冷やせないから、病院でちゃんとしてもらおうね。カズイさんは、ぜんそくもってるね」
「はい」
「入学してから体調はどう?」
「いいです」
「そう、良かった。お母さんと連絡が取れたから、もうすぐ来てくれるよ。そのまま病院へ行って、今日はゆっくり家で休むことになるよ」
「……あっ……と、」
「ん?」
「えっと、オウタくんは、大丈夫ですか?」
先生はちょっと驚いたように僕を見た。
「カズイさんはオウタさんと仲がいいの?」
「そういうわけではないけれど……」
「……先生は、どうして今回みたいなことが起こったのか分からないから、何があったのか教えてくれる?」
「えっと……ビオトープで遊んでました」
「うん、セナさんと隼典さんが、先生を呼びに来てくれましたよ」
2人とも呼んできてくれたんだ。何だかちょっと嬉しい。
「先生が着いたときには、君が怪我をしていて、桜大さんが6年生とケンカしてたようですよ」
「オウタくんは?」
「うん、大丈夫。かすり傷程度だったから、今、先生と話をしているよ」
「先生、オウタくんは悪くないんです。オウタくんは、みんなが嫌な思いをしてたから……注意してくれたんです」


【回想】
「オウタくん!」
僕の声に、そこにいたみんなが振り返った。僕を見たオウタくんが、ちょっと驚いた顔をしていた。
「カズイ……」
僕はオウタくんの横に立つと、相手を見た。
「僕も危ないと思う」
「ああ?」
「石を投げちゃダメだよ」
「1年が偉そうに!」
「6年だから偉いわけじゃない。ダメなものはダメだよ」
僕の心臓は、どっくんどっくん いっていて、ほんとはすごく怖かった。でも、横にオウタくんが逃げずにいてくれている、それでかな?怖くても思ってることが言えた。
「そうだよ!当たったらどーすんだよ!」
オウタくんの声が僕に力をくれた気がした。
「先生がもうすぐ来るよ」
「え」
6年生が初めて困った顔になった。
「おい、坂下、まずいじゃんか」
一緒にいた1人が、大きな声を出していたお兄ちゃんに声をかけた。
「悪くないなら先生にもちゃんと言えるよね」
僕は、ちょっとしゃべりすぎたようだ。
坂下と呼ばれた男子の顔に、ぎゅっと力が入った。怒ったって僕でも分かる。
「何してんだよ!」
「オウタ!にげろ!」
「おう!」
3人が一斉に追いかけてくるのを二手に分かれて逃げる。6年生の方が足は早いけど、僕たちの方がちょこまかしてる。ビオトープとその横にある人工的な「みどりのもり」という草木を植えて、理科の授業で使っている場所がある。そこは入りくんでいて、僕たちに有利だ。
周囲で見ていた下級生も、6年生が僕たちを追いかけているのを見て、騒ぎはじめた。焦りだす6年生。もう休み時間も終わるし、先生も来る。
「カズイ、なんで来たんだよ!」
「友だちだろ!」
「……!」
「オウタは間違ってない!」
ビオトープから「みどりのもり」へ移動する。木の橫を通ろうとした。

ひゅ……っ……

風を切る音がした。何かを思う前に、目のあたりに熱を感じた。
「うわーっ!」
どっちに倒れたのかは分からないけれど、何だか地面に転がっていた。
「カズイ!このやろー!」
オウタの声と、まわりで起こる悲鳴と、やめろよって言う声で、全く分からなくなった。目を押さえている僕は、周りが見えていないから、どうなっているのか分からない。
それからすぐに先生立ちの声が聞こえた。


「そう……なかなかの冒険だったね」
「ごめんなさい」
「うーん、そうねえ……」
先生は少し考えて、にっこり笑った。
「カズイさんはオウタさんは悪くないって言ったわね」
「はい」
「そう。良い友だちね」
「え?」
「学校は楽しい?」
「まだ…わからないです」
「うん。楽しくなるといいわね」
先生は、そのまま立ち上がると向こうへ行こうとした。
「あの…」
「ん?」
「えっと……怒らないの?」
「ええ~?そうねぇ、ちょっとした怪我はするものでしょう?ちゃんと自分たちのしたことを言えるって、それだけですごいわ。それに……保健室の先生は命を大事にしないときだけ怒る」

コンコン

「はい」
「1年2組 オウタです」
「あら、友だちが来たわね。ーどうぞ」
扉が開いてオウタが入ってくる。手には僕のランドセルがあった。
「カズイ、大丈夫か?」
先生を通り越して、まっすぐ僕のところに来る。
「オウタも大丈夫?6年生とケンカしたの?」
「当たり前だろ?! カズイにあんなことして許せっかよ!」
「オウタ」
「カズイ、お前もバカだな、戻って来て」
「だって、オウタは間違ってなかった」
「……お、おう」
何だか変な気分だ。嫌なやつだと思っていたのに、あの中で、上級生にくってかかったのはオウタだけだった。オウタは僕がやられたから許せないと言った。そんな風に言われたのは、きっと、お姉ちゃん以外で初めてだ。
「今日は帰るけど、明日は元気だよ、僕」
「おう、明日も遊ぼうぜ」
明日の学校が楽しみになった。
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