第25話

文字数 2,740文字

「さあ、今日が最終日だ。ミールクーポンは持ったな?」
「はい!」
 山下先生の目の前に、集合した6年生軍団が元気よく返事をする。
「よし。15時までは自由行動だ。集合場所はここだ。怪我をしないように楽しみなさい。解散!」
 明確な指示のもと、解散すると、流れるようにみんながそれぞれのアトラクションへ向けて動き出す。
「さあ、とうとう来たわよ、遊園地」
 尋乃(ヒロノ)のキラキラ笑顔が、もっと輝きを増す。
「ふふふ、いつにも増してやる気みなぎる尋乃さんだね」
「まあね、マコには負けないわ」
「なんでマコ?」
「いいの、真称(マホロ)は気にしないで」
「?」
 振り返ると、わやわやと近づいてくるいつメンの姿があった。
 私はいつもと違う、ちょっと複雑な気持ちで誠斗(マコト)を見た。その視線に気づいたマコもちょっと視線をそらす。
 事は、昨日の夕食後に起きた。

 【昨日、夕食後…】
「ああもう…たべすぎた」
 尋乃は最後のクラスメイトとの夕食を堪能した。堪能しすぎた結果、お腹が痛くなった……。今日の夕食はバイキングで、みんなテンションが上がった。好きなものを好きなだけ。何て素敵な響きだろう。ジュースもデザートも好きなだけ…。ああ、幸せだった。けど…

 加減ってもんを知らないのよ、私は……。

 自分で自分のこと呆れちゃう。真称に「大丈夫?」って何回聞かれたことか。春崇(ハルタカ)に「大丈夫だいじょうぶ。こいつ大食いだから」って言われて、思わずカチンときちゃったんだよねー…。

 ハルと競ってどーする……。

 反省しきりの尋乃。胃薬を飲むための水を買うために自販機に向かっていた。部屋の中に湯沸かしポットはあれど、飲料水がないのだ。
「こういうのを“帯に短し、

に長し”って言うのよ…」
 この呟きを真称(マホロ)が聞けば、ちょっと違うと訂正してくれたのだろうが。
 2階の大ホール近くに自販機の群れがあったはず。エレベーターで降りていくと
 パラパラと数人の小学生がいたが、ほとんどが売店か、自室のようだった。この数人も売店組で今から行くのか、それとも行ってきたのか。自販機に到着した尋乃は、水を買うと、そのまま部屋へ戻ろうとした。
「…ごめん」

 ん?

 自販機コーナーの向こう側は少し引っ込んではいるが、宴会場的な部屋がいくつかあった。今日は使われていないのか、扉は閉じられていて、案内板にも何もかかれていない。そこの前に誠斗(マコト)がいた。でこぼこにデザインされている内装で、全く人がいるなんて分からなかった。
「マ……」
 呼ぼうとして、後から聞こえた別の声に固まった。
「それは、誰か好きな人がいるってこと?」
 反射的にしゃがんで口を押さえる。

 あ? え…っと……、この声は……和紗(カズサ)? え……え? えーっ! コクってる?

「うん。いる。だから、ごめん」

 ぎゃーっ!聞いちゃいけないやつじゃんか!

 尋乃、少しずつ後ずさる。音をださないように、そおっと……。目の前にあるちょっとした壁の向こう側へ行こうと、しゃがんだまま移動する。
 こちらのバタつき感とは裏腹に、告白の時間は続きまして……。
「それって…真称(マホロ)?」

 わぁ!和紗!そこはもう黙って去るべきでしょ!だめよ、マコは、そういうの駄目なんよ!

「……それって言う必要ある?」

 うわー……

 なんだかピリッとした空気が流れた。
 ああ、何てとこに居合わせたんだー!
 尋乃は、心臓の音が外に聞こえてるのではないかしら?と心配になった。こういうときに限って、誰もここを通らないって何!

「…………そう…なんだね…」
「………だったら…なに?」
 マコの返答があった後、ちょっと間があって、服が刷れるような音がした。足音がパタパタと鳴り…

 え、まさか、こっち来るんじゃ…… ?!

 一瞬、焦ったが、足音は反対側へ遠ざかった行った。
「はあ…良かった…」
 小さく呟く。
「…何が良かったんだよ」
「うっわぁぁーっ」
 心臓止まる……かと思った。
 目の前には誠斗がおり、しゃがんだままの私を見下ろしていた。
 しばらく見つめ合う二人……
「………聞いてたな」
「ごめんーーーー」
「…………普通は否定するだろ」
「そか。聞いてません」
「今更遅い」
「わーごめんーー」
「……ああ、もういいって。あっ、でも……」
 言いたいことは何となく分かる。
「うん。真称には言わない」
 尋乃、ゆっくりと立ち上がって、ひとつ息をつく。
「……ども」
 頭をかきながら、罰が悪そうにしている誠斗(マコト)
 なんだかそれを見て、ちょっと思ってしまったんだよね。
「あのさ、マコ」
「ん?」
「……真称のこと好きならさ、あれじゃダメだと思う」
「え…?」
 こんなことただのお節介だし、私が思ってるだけだし、本当のとこは分からないのに、口が勝手に動いてしまった。
「あんな相手のこと考えてないような言い方、よくない気がする」
「…俺は、そんなつもりねえし。何より……そんなに器用じゃねえよ」
「分かってるよ。でも、守りたいんでしょ、マホロ」
「おまっ……!」
「だったら、出来ないなんて言うな。私の親友だよ。しっかりしてよ」


 いやー……
 お腹痛いのなんてどっか飛んでいっちゃって。ワケわかんなかっただろうな~……。まあ…嘘言ってはないんだけど、毎回のことながら言いすぎちゃうんだよね。
 昨日のことだって、和紗と誠斗のことであって、私は関係ないのに、なんだか気持ちだけぶつけてしまった。考えてみれば、マコは、ちゃんとはっきり「ごめん」と意思を示したのだから、何ら悪くはない。ただ、女の子の世界は複雑なのだ。

 いやー……気まずいわ……

 尋乃は真称に向けた笑顔の裏で、驚くほど落ち込んでいた。


「……なあ、ユッキー」
「ん?」
「尋乃、体調悪ぃんかな?」
「え?なんで?」
「え…だってほら、元気ないだろ?」
「ええ……。いつもと変わらず元気だけどな……」
「そうか?」
 遊園地で先生たちの話を聞いた後、解散になった。いつメンで回ろうと言う約束のもと、組を越えて俺たちは回る。
 春崇(ハルタカ)は、チラリと前方でいちゃつく尋乃と真称を見た。
 昨日の水族館では、尋乃を落ち着かせるのにちょい焦った。泣き出すのではないかと、びびってた。真称がまずい状況になったのは、自分のせいだと本気で思っている。そんな尋乃をすごい、と思いつつも、一人で背負いこもうとする彼女に、若干、いらっともした。
 どう考えても、尋乃は悪くない。けれど、そう言ったところで尋乃には届かないこともよく分かっている。
 目の前で真称と楽しそうにしている姿をみると勘違いな気もしてきたけど…。昨日のことを引きずってるのは俺の方なのかな?
 最終日、「わっはは」って終わりたいんだ。俺は。なのに、なんだか尋乃の様子がおかしく思えるんだけど……。
「……俺って乙女だな……」
 ちょっと気恥ずかしくなるハルであった。



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