第8話

文字数 2,345文字

8。

みんな保健室で手当てを受けている。
いつも静かな保健室は、聞き取りの先生4人、手当ての先生3人。5年5人、3年6人。
「大乱闘ね」
保健室の女性の先生が、カーテンの向こう側をチラッと覗いて呟いた。
私は、頭を打っているかもしれないからと、担架に乗せられて保健室に連れてこられた。今はベットで横になっている。カーテンを引かれているので、こちら側は向こう側の騒がしさとは違う空間だった。保健室の先生は、私の脈を取って、頭の後ろ部分を見て、触って、お医者様みたいにしていた。
「どう?痛いところは?」
「背中が痛いです……」
「見せてもらってもいい?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと向こう向いてくれる?」
先生に背中を見せるようにして右側を向く。服の上から背中を押さえる。
「うっ…」
「この辺りだね。ちょっと服をめくるよ…、ああ、強く打ったから、ちょっとアザになるかもね。はい、ありがと」
向き直って、上を向く。
「腰とか、お尻の辺りとかが今日の夕方から明日にかけて痛くなるかもね。頭は?くらくらしない?」
「うーん、よく分からないです」
「だよね。頭を打つって怖いことで、後で気分が悪くなったりするかもしれないの。病院へ行った方がいいんだけど…。お母さん、お家にいるかな?」
「あー、仕事中だと思います。夕方にならないと連絡は取れないと思う」
「そっか…。じゃあ、連絡取れるまでここで休んでようね」
「はい」
保健室の先生がカーテンの向こう側に消える。
ああ、目立つことしないようにしてたのに、やってしまった…。

一方、カーテンの向こう側では……
「だから!5年生がからんできたんです!」
と尋乃。
「なんだよ、サイテーだっていってきただろ!」
真称を押した5年が言う。
「待て待て。順番に聞く」
そう言ったのは5年生担任の山下先生だ。
「言ったんだって!サイテーって!」
「嘘だとは言っとらん。じゃあ、どうしてそう言われたんだ?ん?坂下」
坂下と言われた5年生は口を閉じた。
「いいか、人間ってのは、よほどのことがない限り、理由なく傷つけたりしないもんだ。5年生からは5年生の先生が話を聞く。3年生からは3年生の先生が話を聞く」
騒いでいた5年生が大人しくなる。
傷の手当てが終わったものから、5年生の塊、3年生の塊のそれぞれに参戦していく。

聞き取りの結果、ことの発端が5年生による3年生への場所妨害であったこと、坂下が澄幸に手を出したことが判明。そのあと尋乃にボールを当てようとして失敗し、真称にそのことをサイテーと言われ、逆上した坂下が真称をつき倒したと言う流れも一同が確認した。周囲が見ていたため、そのあとの誠斗と栄も参戦した大乱闘までの流れは確実に伝わった。
そこで、山下先生の追求により、手を出した坂下、ボールで当てようとした髙橋が先日、澄幸の靴を隠したことを話した。
頭を抱える5年生担任。
「坂下……、学年が上のおまえが、どうして先に場所取ってた3年にチャチャいれたんだ?」
「……ムカついて」
「何に?」
「俺たちより下の学年なのに、俺たちが遊びたかったところに先にいて……ムカついた」
「そうなのか。靴を隠したのもムカついたからか」
「……ああ」
「そうか…。次もムカついたらそうするのか?」
「…それは…」
いい淀む。
「うん。迷っていて良かったよ。そういうとこから話そうか。とにかく3年生には謝らんとな。ルール守って校庭使ってるとこで、ルール破ったのは5年だからな。靴を隠したのも5年なんだろ?」
「……はい」
「よし、真っ直ぐ立って、3年生の方を見なさい」
誠斗、栄、春崇、澄幸、尋乃の方を向く。
間に立つ形になっていた3年生担任は少し横に避ける。
「3年生、こちらを向いて聞いてくれるか?」
5人が向き直る。
「ここにいる双方の話を聞いて、5年生がルールを破ったことがわかった。怖かっただろうし、腹も立ったことだろう。大変、申し訳なかった」
竹下先生が深く頭を下げた。
それを見て3年生はちょっと驚く。坂下たちは、グッと3年生の方を見て、
「ルールを破って悪かった……」
と同じように頭を下げた。
3年生担任は、チラリと5人を見る。
「……俺たちは、友だちが押されてるの見て、かっとなりました。ボールをぶつけたことはごめんなさい」
誠斗の言葉に栄、一緒に頭を下げた。


靴の件と私へのごめんなさいは、この後に話をした。落ち着いた5年生との話しは、荒れることもなく、あそこまでの騒動になったわりに決着が早かった。ユッキーへのごめんなさいは本当に反省しているようだったと尋乃が言っていた。
私は……みんなのように優しくはなれない。5年生がベッド脇へ来た時、体を起こして座った状態で対面した。坂下と先生の言葉はずっと私の耳に届いていたけど、まるで他人事のようだった。
「ごめん」
の言葉は、聞こえていたが……
「……はい、私も言いすぎました」
私もずるい。そう言えばいいとどっかで思ってる。
2人がカーテンの向こう側に消えて、保健室からも出ていった音がした。
なんだが横になるのもしんどいな…。
そう思っていたとき、保健室の戸がまた開く音がした。
「荷物、持ってきました」
あ…尋乃の声だ。
「ありがと、そこにおいていいよ」
「マホロに、会ってもいいですか?」
「うーん、起きてたらいいわよ~」
尋乃が近づいてきて、カーテンが開く。
「マホロ~」
「ヒロノ…」
「痛くない?大丈夫?」
「うん、ありがと。ヒロノこそ大丈夫?」
「もう!怪我したのはマホだよ!」
ヒロノは私の手を掴んで、ぎゅっと握った。
「ホントに良かった。私のことかばってくれて、それで突き飛ばされたから、怖かったよー」
ヒロノ……
「私も……ヒロノにボールが当たってたらって思うと怖いよ……」
「マホロ~」
そうか、私、友だちが怪我するのが嫌だったんだ……。怖かったんだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み