第11話

文字数 2,427文字

11。

夏休みに入った。
その後、5年から何かされることはなかったが、休み時間にかち合うと、何となく気まずい空気が流れた。
そもそも、教室がある校舎も違うし、高学年とはあまり同じ時間に動くことがない。
そのまま1学期は終わり、夏休みに突入した。夏休みの宿題は驚くほど多い。毎日ノートに1ページ漢字を書く、算数のドリルを毎日これも1ページ。読書感想文、原稿用紙5枚。夏休みの問題集1冊。工作1つ。夏休みの思い出、原稿用紙5枚。夏の思い出写真、絵1枚。私は、転校を繰り返していた結果、今まででちゃんと全部だして全部返ってきたことはない。今回は、提出したものが返されるまでこの学校にいられるのかな……。
私は今、市民図書館にいる。夏休みの宿題を進めるべく、今日は漢字のノートと算数のノートとドリルを持ってきている。一維の保育園があるうちにある程度終わらせとかないと、家では勉強は難しい。
ここは、静かだし涼しいし、本だって読める。休館日は仕方ないけれど、私はほぼここに通っていた。
「マホロ?」
突然、私を呼ぶ声がして、驚いて振り向く。
「え?ツネトモ?」
「やっぱりマホロだった。勉強してるの?」
「う、うん。夏休みの宿題を…。え、ツネトモって塾じゃないの?」
「え…誰から聞いたの」
「尋乃」
「……あね。あるよ夏期講座。でも高学年になってからが大変で、今は3年だから、週に2日あるぐらい。それも3時から1時間だけだよ」
1時間も学校とは別に勉強するのか…
「ここ座っていい?」
図書館の机は広くて、1つの机に向い合わせで2:2で4人は座れる。だから、スペースはしっかりあるので断る理由はない。
「どうぞ…」
「ありがと」
永朝はカバンを置いて隣に座る。
ノートと筆記用具を出して漢字を書き始める。
「ツネトモもここで宿題するの?」
「するよ。ここって涼しいし、静かだし、本もたくさんある」

え…

思わず永朝を見つめてしまった。
「え、なに?」
「いや…同じこと思ってたから、ちょっと驚いちゃって…」
「え…涼しいし、」
「静かだし、本がたくさんある。私もよく来るの」
「…へ、へー……」
ツネトモの家は病院なんだから、お金持ちで、家も広くて、涼しそうだけど、本もたくさん家にありそうだけど、でも、同じこと考えて図書館に来てるって聞くと、何だか同じなんだとほっこりする。
静かに漢字を書き続け、20分ぐらいたったとき、ツネトモが伸びをした。
「集中すると肩こる」
「書くときに力入りすぎなんじゃない?」
「ああー、そうかもなー。休憩に本読もう」
「あ、私も借りたい本ある」
「じゃあ、宿題はちょっとおいといて、本探そうか。なんて本?」
「えっとね…」
何だか、いつの間にか普通に話してしまっていた。この後、一緒に本を探して、目当ての本を見つけた。その他にもツネトモのおすすめを1冊紹介してもらった。
自分たちの荷物が置いてある机に戻って、席に座る。
「ツネトモって本もたくさん知ってるんだね、すごい」
「そんなことないって…」
ちょっと照れて言っているが、ほんとにすごいと思う。私は物語しか読まないけれど、ツネトモは伝記も読むそうだ。難しそうな漢字がたくさん書かれていて、何だか辞書みたいな本だ。さっき本を探しているときに、私の探している本はあったから、ツネトモの探している本も探そうってなって、見つけたのだけれど、分厚くて、びっしりと文字が書かれてあるモノだった。
これ読むの…?って思っちゃった。
「読書感想文は?もしかして……」
「え、うん、終わった」
「……すごいね」
「本読むの好きだけど、感想文は嫌いでさ」
「え、嫌いなのにもう終わったの?」
「嫌いだから、早く終わらせた」
ああ、なるほど。
「マホロは?終わった?」
「まだ。でも…書くのは私嫌いじゃないんだ」
「そうなんだ」
何となくの雑談の後、ツネトモは読書、私は算数のドリルに取りかかった。
鉛筆のおとがカツカツと心地よく響く。静かな空間と落ち着いた雰囲気が、集中力を高めてくれる。
計算問題ばっかりだからそれほど困ることなくページはこなせていく。ただ…問題数が多くて、写すだけで疲れてきた。
「マホロ」
ん?
「どのくらい終わった?」
ツネトモがこっちを向いてたずねてきた。
「んー、7月分…はおわったかな」
「もう1時間くらいたってるよ」
うそ……、そんなに時間たってたんだ。
図書館内の時計を見て、確かに時計がすすんでいた。
「あっという間……だ」
私のつぶやきに、ツネトモはクスッと笑った。
「すごい集中力……」
「ツネトモだって、ずっと読んでたんじゃないの?」
「ほーら、気付いてない。ぼくは途中から算数やってたよ」
え、そうなの?
ツネトモの手元を見ると、確かに算数のドリルとノートが開いてあった。
「すごいね、マホロ」
嬉しくないよ、そんなの。回りの状況分からないままいたってことじゃないの。恥ずかしくてちょっと顔が熱くなる。
「き、今日はもう帰ろうかな…」
私は急いで帰り支度を始める。本は借りてから帰るので、受け付けに行かなくちゃ。
「じゃあ、ぼくも帰る」
「え…ツネトモ、私に合わせなくてもいいんだよ?」
「ぼくも今日の分終わったし、一緒に帰ろ」
「う、うん」
図書館の受付で手にしていた2冊を借りる。
「あら、真称ちゃん、今日も来てたのね」
「こんにちは、根元さん」
借りる本を手渡すと、機械に通してくれる。ピッという音がして、根元さんが手元のパソコンを操作する。
「はい、じゃあ期限は3週間ね。夏休みは特別1度に5冊借りられるから、またたくさん借りてね」
本と図書カードを返してもらう。
「あれ…?」
私の横で次の番を待っていたツネトモを見て、根元さんが少し驚いたように言った。
「永朝くん、真称ちゃんと友だちだったの?」
「ま、まあ……」
「そうなんだ…、じゃあ探してた子って…………」
「わあああ!ね、根元さん!ぼくも借りるので!」
静かな図書館にツネトモの声が響いた。周囲の人たちの視線が一気に集まってくる。
「ツネトモ……」
「……ご、ごめん」
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