第2話

文字数 2,455文字

「ヒロノー!」
 朝の登校風景。もう6年生になっちゃって、あっという間にこの通学路も来年には通らなくなる。気がつくと周りの子たちは自分たちよりも年が下の子ばかりになった。
 自分たちよりも上の世代がいない世界って…なんだか不安になる。
「おはよう。珍しく早いね和紗(カズサ)
 ちょっと後ろの方から声をかけてきたのは、保育が一緒だった和紗だ。サッカー大好きな彼女は、男子と一緒にサッカーのクラブチームに所属している。毎日、激しい練習をしているからか、髪型は最近、ベリーショートになった。端正な顔立ちで、普段着もどちらかと言うとさっぱりした物であるためか、昔からよく男子と間違われる。今はもっと間違われやすくなっている。
「今日は宿題終わんなかったから、学校でやるんだ」
「わあ…じゃあ急がないとだね」
「そうなの!じゃあ先に行くね!」
「うん」
 6年になってから、和沙の様子が少し変わった。そんな気がしているだけかもだけど、私はその理由がなんとなく分かっている…。
「おい、ボヤってしてんなよ」
 急に声かけられてドキッとする。
「なんだ…ハルか…。おは」
「おう…。なんだってことないだろ?朝っぱらからぼやーってしてるから、気にしてやってんのにさぁ……」
「そりゃどうも。だいたいぼやーっとなんてしてませんから」
「そ?俺が近付いてきてんの分かってなかったでしょ?」
「…………」
「ほらな~。ヒロノって考え事してると無防備全開だかんな~」
 春崇は、小さい頃から知っているが、保育が違った。それでも、近くの公園であったり、スーパーで会ったりしてる内に、裏表ない、気さくな性格に居心地のよさを感じていた。いいことも、悪いことも、全部聞いてくれる。なんだか私にとって癒しな存在だ。
「……うーん、和紗のことか?」
「え?分かっちゃう?」
「てか、ずっと視線で追ってただろ?何が心配なん?」
「…………別に。お節介な話よ…」
「え?俺の発言が?」
「私の考えが!」
「……ふーん……」
「……なによ」
「……別に」
 ハルは、強く言ってこないし、否定も肯定もしない。私は、最近になってハルのそういう態度に安心している自分に気づいた。この話も、私が続けない限りは、もう強く言ってこないだろう。
「今日はさ、修学旅行の班決めがあるんだ」
「そうなの?早いね」
「多分、俺ら4人になると思う」
「そっか~」
「自由行動はいつメンで回ろうぜ」
「はは、いいね」
「ホテルでの自由行動もいつメンで」
「わあ……なんかいいね」
「だろ?クラスなんて関係ないよ。研修しとけば後は自由だ」
「なんか…ハルが言うと、楽しみになってきた……」
「だろ?俺、言霊使いだから」
「えーなにそれ」
「言葉をうまく操れんのよ。すごいべ」
 ハルの表情や言葉は確かにスルリと入ってくるんだよな…。抵抗が少ないっていうか、気持ちいいっていうか。
 肩を並べるように校門をくぐると、校庭で遊んでいた何人かがこちらを見つけて手を上げる。
「ハル!おはよう!早くバスケしようぜ!」
「おう!」
「もう新しい友達いんの?」
「おお!荷物置いたら行く!ーー前同じクラスだったやつ。バスケにはまってんだってさ」
 ハルは意外に運動神経がいい。だけど、真面目に取り組まず、そこそこでこなしてしまう。だから、どこにも所属していない。
 男子受けのいいハルは、いつもどこかに呼ばれてる。
「ハルは、ほんとは何したいの?」
「俺?」
「うん。何でも器用にこなしてるから…」
「ああ……そうでもないけどね。じゃあ、また後でね」
 苦笑すると、走って校舎に向かうハル。
 私は、不器用で、人との関係も不器用で。だから、今、少し不安なのだ。
 気のせいで終わってほしいけど、こういうのってドンピシャだったりする…。



 ハルは、教室に向かいながら声をかける前の尋乃(ヒロノ)の姿を思い出していた。
 なんだか元気がないように見えたのだ。気のせいであってほしいけど、ヒロノはバカがつくほどの正直者だから、な~んにも隠せない。あいつは今、悩んでる。ただ、何についてなのかは……
「うーん、わかんねえな……」
 3組の教室に着くと、自分の席にリュックを下ろし、宿題を提出する。明日の時間割りを連絡帳に書きながら、フッと尋乃の声がまた思い出される。

 「…………別に。お節介な話よ…」

 お節介なんて……
「あいつの専売特許じゃんか……」

 「え?俺の発言が?」
 「私の考えが!」
 「……ふーん……」
 「……なによ」
 「……別に」

「何で聞かないかな、俺も!」
 思わず声が大きくなる。
「ハル……?どうした?」
 今入ってきたばかりだと思われるユッキーが、入り口で佇んでいた。
「……お前でよかったよ、ユッキー……」
「おはよう、ハル。朝の準備早く終わらすからさ……」

 ありがたい……

 いつもはぽやっとしている澄幸(スミユキ)だけど、繊細な気持ちは一番汲み取ってくれるやつだ。ただいてくれるだけで、気持ちが落ち着くってことを知っている。
「おう。待ってるから、一緒に校庭行こ」
「分かった」
 何も聞かずに二つ返事なのもありがたい。
 書いた連絡帳を提出して、廊下に出る。朝の廊下って、まだ、稼働し始めたばかりで、すんとした表情をしている。今日1日、なにが起こるか分からないけど、まあ、まだ始まっちゃいないよ、って寝転がっているような感じ。俺は、このスンとした感じが好きだ。こっからガヤガヤし始めるが、そうなるともうそれぞれの意志が混濁しちゃってうるさくなってしまう。そうなる前のこのしっとりとした時間がよい。
「もうすぐ来ると思うよ、和紗」
 静かだから、いつもは聞こえないだろう1組方面の声が聞こえてきた。このフロアは全部が6年の教室だ。北側に廊下があって、南側に教室がある。西から1組、2組、3組、4組、空き教室、資料室。1組の教室から出たり入ったりしてる女子が2名……。
千穂子(チホコ)と和紗……?」
「待たせたね、ハル。ん?どうした?」
「ん?いや、行こうか」
 3組と4組の向かい側に階段がある。そこを降りていく。なんだか引っ掛かりを感じながら、校庭へ急いだ。

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