p136 たぬキノコ、愛は苦悩の始まりと説く

文字数 1,001文字

「愛は苦悩の始まりだよ。愛は苦しい。自分が好きだから、相手もそうあるべきだと思い込んで、間違った情熱を向けて拒絶されれば、自分の価値が損なわれたと勝手に落ち込む」

 今まで何度となく繰り返してきた行動が、脳裏によみがえる。耳が痛い。

「相手は足りない自分を補うために存在するんじゃない。相手は自分を満足させるために存在するんじゃない」

「ン゛ンぉおぉおおおおお! 」

「自分中心でしか考えられないその執着心は、自己愛」

「ンンンンンン! 」

「仏教の愛は渇く愛と書いて渇愛というんだ。喉が渇いてお水を欲するように、激しく執着することだよ。愛は迷いの根源として貶められる」

「んうおうおおうおうおおおおお! 」

「愛のイメージって、慈しみ、惹かれ合い、尽きぬ喜び、なんて都合の良いものが浮かぶけど、これらは一面に過ぎない。ソロはどこから眺めたものを愛と呼んでいるの」

 たぬキノコに、理解してほしいという感情や、独占したいという気持ちはあった。

 だが、それらは他者に向けた愛ではなく、自己愛だと、たぬキノコは言う。

 たぬキノコの言い分に当てはめると、ソロは誰に対しても、自分にしか愛を向けていなかったということになる。

 たぬキノコにも、ガラテアにも、ファンドにも、校長にも。林田にも。その他大勢も。

「愛は目を背けたくなるような苦悩もあるよ」

「ぬおおおおおおおお! 」

「キミは林田の苦悩の源泉。迷いの根源。尽きぬ喜び」

 たぬキノコの声が小さくなる。

「林田が見つかってよかったね」

 林田が捕食者だと知っていて、誰にも聞かれてはいけない話題だとたぬキノコも理解しているから。

「見つからないわけだよな、ずっとオレの中に居たんだからさ・・・・・・」

 林田の腕の感触を求めて、ソロは自分自身を抱きしめたかった。
 もう、どこにもいない。

「おおおどおっすこーーーーーいっ! 」

「うるせーバカ! 」

 キャピタルにソロはお(かんむり)である。
 たぬキノコの深い話も、林田への慕情も台無しだ。

「それじゃ、地上まで送るね。キミらは市ヶ谷駐屯地の病院へ搬送が決まっているからね」

「たぬキノコは、これからどうするんだ」

「僕はミツバチの蜂群崩壊症候群の誘発する消耗性ウイルスの予防が期待できる多孔菌類の捕獲を命じられて」

「 ? 」

それぞれの単語が長くて覚えきれない。

「千葉県への出向を命じられているから、江戸川区にはもう、あまり・・・・・・」

「え、ヤなんだけど」
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