p14

文字数 2,057文字

「ソロ、起きろって」

 キャピタルの野太(のぶと)い声と、体をゆすられた振動でソロは目覚めた。

「お前、なんで廊下で寝てんだよ」

「ファ? 」

 慌てて飛び起きると、確かに廊下である。

「なんでこんなとこでオレ」

「知らねーよ。全然戻って来ねーから何事かと思えば」

 教室へ行く、と思ったところから、妙な夢に突入していた。若干(じゃっかん)コンプレックスに思っている事案の夢だったので、寝覚めが悪い。

「まあいいや、とにかく行くぞ」

 キャピタルの手を借りて立とうとしたが、立てない。足に力が入らない。

「体に力が入らねー」

「おいおい、大丈夫かぁ? 」

 おまけに震えが止まらない。背筋(せすじ)悪寒(おかん)が走る。

「やばいやばい。まずいぞ、この感覚」

 その気配を察知して、ソロは自分が寝ていたのではなく、気絶していたのだと悟った。

 静かだった廊下にざわめきが立ち始める。おそらく、教室内のきのこたちも察知しだしたのだ。

「捕食者が来る。林田(仮)のとこに行かねーと」

「(仮)ってなんだ。急にどうした」

 捕食者が発する殺気を感知すると、きのこ達は恐怖のあまり動けなくなってしまう習性がある。

 きのこに害を及ぼすと現れる捕食者なのだが、だからと言って、きのこに対して友好的な存在ではない。


 捕食者は天敵だ。だから種の存続をかけた戦争が勃発した。

「建物の中で籠城(ろうじょう)してればいいんだ。あとは軍隊がやってくれる」

「ダメだ、林田(仮)は動けねーんだから」

「だから(仮)ってなんだぁ? いざとなったらテメーが林田の身代わりにでもなるってか」

「そうしよっかな」と口から出かけた。

 このまま学校に通い続けても、永遠に集団生活には馴染めない気がする。(しゃく)(さわ)るが、林田(仮)の隣に根を下ろすのだったらまあ良いかと思っている。

 そのまま食われて、林田(仮)の隣に根を下ろして過ごしたい。

 好きだったのに、顔も名前も思い出せない自分を、林田(仮)がどう思うかは知らないが。
 
 キャピタルは人間だから、きのこに成り行く者の変化はわからないだろう。
 
 言いあぐねているソロを見て、キャピタルは舌打ちした。

「意地悪して悪かったよ。林田(仮)のとこで籠城(ろうじょう)しようぜ、あとは軍隊が追っ払ってくれんだろ」

「お前だって(仮)ってつけてんじゃねーか」

 キャピタルの肩に(かつ)がれて教室に向かう。イヤフォンは外れてしまうし、肩が腹に食い込んで若干気持ち悪い。しかし、贅沢(ぜいたく)は言えない。

「悪いな」

「お前ダイエットしろよ、何キロだよ」

「55くらいかぁ? 」

「半分にしろ。お前身長160無いだろ」

「無茶言うな。テメーはいくつなんだよ」

「93キロ」

「身長は」

「174」

「多いんだか少ないんだかわかんねぇな」

「おれはめっちゃ鍛えてるから、これが適正体重なんだよ」

 肩に(かつ)がれている身なので、これ以上は口答えしないことにした。

「動けなくなっちまうのに、お前よく何回も無意味な収穫を企てるよな。これもお前が呼び寄せたのか」

「今日は違うけど、このスリルがたまんねーんだわ」

「人間も食われちまうんだから勘弁してくれや」

「にャピタルなら勝てんだろ」

 鍛え上げた筋肉を周囲に見せびらかすため、明らかにサイズが小さいピチTを着ているから当たり前なのだが、服の上からでもわかる筋骨隆々とした体躯(たいく)は、腕っぷしの強さを周囲に知らしめている。


 実際、

の凄まじい腕力を有しており、本人もそれを自負している。

 
 そんな彼の夢は、着ているピチTを筋肉で破けるようになること。


 
 チビで力が弱いソロをからかったり、ケンカを売ってくる者は多々あるが、キャピタルにケンカを売ろうという(やから)は今まで一人たりとも現れたことが無い。

「ムリだよ。ただで食われる気はねーけど」

 廊下を移動していると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

「やべー、急ぐぞ。廊下で巻き込まれたらシャレにならねぇ」

 キャピタルはソロを肩に担いだまま走り出した。

「やればできるじゃねぇか、ぱャピタル」

「だまれ。お前ホントに55kgそこそこかよ、めちゃくちゃ重いぞ」

「最近体重計乗ってねえからな」

「言っとくけど、おれベンチプレス120持てるんだからな。おれが重いっつってんだぞ、自己申告の体重がおかしいぜ」

「きのこ化が進んでるからかな。お喋りしてねーで早く走れよ」

「エラそうにしやがってこのアフォきのこが! ここから投げ捨てるぞ! 」

 キャピタルが全力でダッシュして一年一組の教室にたどり着くと、林田(仮)以外誰もいなかった。
 
 教師の指示に従って、皆、地下室や体育館へ避難したのだろう。

「おれらはここで籠城(ろうじょう)するって、担任に連絡入れねーと」

 ソロを教室に投げ捨てると、キャピタルは肩で息をしながら速やかに用事を済ませた。

 ソロは受け身に失敗し、床にしこたま背中を打ち突けて悶絶(もんぜつ)した。

「キャピタルも地下室に避難しろよ」

「ヤだよ。今更行って『入れてください』とかダサすぎ」

「つーか、お前なんで担任の連絡先とかすぐ出てくんの? 」

「一年三回もやってると自然と覚えるもんよ」

「あれっ? お前三回目なの? 」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み