p127

文字数 1,038文字

「ソロ! 」

 クソデカ声に驚いて目を覚ますと、リョウの顔ではなくキャピタルのドアップが眼前に迫っていた。

 煙でいぶされて黒くなった顔面と開き切った毛穴、鼻水、半裸、胸毛、ワキ毛、べとついた汗、粘土っぽい脂臭。そして片手に手斧。
 
「嫌ぁ」

「なんだテメー失礼なっ」

 失礼なソロにお(かんむり)である。

 キャピタルの隣にいるブルーセルもだいぶ焦げている。
 だが、ソロの悲鳴を聞いて、嬉しそうに前足を上げて鳴き声を上げた。

「なんでまだこんなとこにいんだよ、帰れっつっただろうが」

「そんなのおれの勝手だろっ。エラそうにっ」

「お前の膝枕なんかヤだっ。鼻水落とすな! 」

「我慢しろっ」

 言ってるそばからキャピタルの鼻水が目に直撃した。
 反射的に逃げようと体を起こしかけたが、全身に鋭い痛みが走ってできなかった。

「あだだだだだ!」

「動くなよ。お前、さっきまでドロッドロに溶けてたんだから。それが急に元に戻って喋り出すなんて意味わからんわ、きのこの生態って」

「ドロっドロて。オレにもさっぱりだぜ」

「さっきみたいに、おれにケチ付けたら、どうなるかわかってんだろーなっ」

 頭に来るが、今は大人しくしているしかないようだ。

 今度は目に鼻水では済まされないかもしれない。

「アイツどうなった、エロ銀杏」

「それが、見ろよ・・・・・・」

 キャピタルの視線の先に、ノウゼンカズラでがんじがらめになったエロ銀杏がいた。花を落とし木質化してしまい、息も絶え絶えのノウゼンカズラの下で、うごめく無数の根状菌糸束が、周囲の炎に照らされて不気味な波を打っているのが見える。

 しかし、様子がおかしい。
 木質化したノウゼンカズラの(つる)の隙間から逃れるように、根状菌糸束が本体から離れようとしている。

「お前の足首から中に入ってったエンジ色の奴も、あんなふうに急に逃げ出そうとしたんだけど・・・・・・」

「えんじ色? 」

 ガラテアがいた真っ白な空間にあったドアから、そんなものが無理やり入ってきた記憶がある。ガラテアが『お客様』と妙に丁寧に言っていたような・・・・・・。

「お前、すごかったぞ。マジでドロッドロに溶けて、おれ、もうダメだと思ったもん」

「おっ。ちゃんと写真撮ったか? 」

「撮るわけねぇだろ! おれにだって人の心があんだよ! 」

 呑気なソロにキャピタルはお(かんむり)である。ソロはエロ銀杏の根状菌糸束を見た。

 本体にまとわりついていた根状菌糸束だけではなく、大地に根のように広がっていた根状菌糸束もその場から一斉に退却しようともがいている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み